エイレイテュイア2 重要な信仰対象となった女神で,ギリシャ周辺に沢山の聖堂がありました.出産を早め,陣痛を和らげるために,出産の苦しみにある女性たちから呼び寄せられる女神.「『アルゴスのアルクメナさまのお産は,もうおわりました』お産の女神は,はっとおどろいて,そのはずみにくみあわせていた手をほどいてしまったんだよ.と,同時に,わたしの呪縛(いましめ)もとけて,すっかり楽になったの」アルクメネのお産とガランティスの機転/オウィディウス転身物語

ゼウスとヘーラーの間にうまれた出産の女神エイレイテュイア.

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EILEITHYIA - Greek Goddess of Childbirth (Roman Lucina)

 

アポローン,ヘーラクレースの誕生の場面ではヘーラーの意を受け,レートーやアルクメーネーの出産を遅らせるという,かなり損な役回りで描かれます.

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しかし,エイレイテュイアはギリシャでは重要な信仰の対象となった女神だったとのこと.

 

the Theoi projectのサイトでは,次のように解説しています.

EILEITHYIA CULT - Ancient Greek Religion

かの女は,重要な信仰対象となった女神で,ギリシャ周辺に沢山の聖堂がありました.信仰の中心は,かの女の生誕の地とみなされているクレタ島のアムニソスの町でした.

エイレイテュイアは,出産を早め,陣痛を和らげるために,出産の苦しみにある女性たちから呼び寄せられました.

 

She was an important cult goddess with a number of shrines around Greece. Her cult centre was the town of Amnisos in Krete (Crete), the reputed place of her birth.

Eileithyia was invoked by women in labour, to further the birth and ease the pain of labour.

 

 

途中まで掲載していた

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/02/11/232656

オウィディウス/転身物語(変身物語)から.ヘーラクレースの出生の場面を改めて

 

年老いたアルクメーネー(アルクメネ)が,ヘーラクレース(ヘルクルス)出産の場面を振り返る形で,物語が語られています.語りかける相手は,息子ヒュルスの嫁イオレ.

ヘーラクレース(ヘルクルス)は,妻デーイアネイラの嫉妬から毒の衣を着せられ死に,天の星になった後という場面設定です.

 

オウィディウス/転身物語 人文書院 田中秀央,前田敬作 訳

アルクメネのお産とガランティスの機転

 

アルクメナはかの女(イオレ)に次のように語った.

「せめておまえにだけは,神々が恵み深くしてくださいますように.そして,月満ちて,おまえがお産を恐れる妊婦たちを守りたまうイリテュイア(エイレイテュイア,ローマ神話では後の使われる“ルキナ”が相当する女神)さまにおすがりする日に,どうかおまえの陣痛の期間を短くしてくださいますように.わたしのときは,女神さまもユノ女神(ヘーラー)をはばかってか,たいへんつらくあたられた.

というのは,やがてたくさんの難行を成就する運命をになったヘルクレスがうまれる日が近づいて,大洋が天の第十宮をかすめようとしていたとき,胎児の重さはお腹をはちきれんばかりにふくらませ,人並みはずれて大きかったものだから,それがユピテルの胤(たね)であることは,だれの目にもあきらかだった.

わたしは,もうこれ以上苦しさをこらえていることができなかった.その話をしている位までさえ,全身につめたい戦慄がはしるし,思い出すだけでも.あの苦しさがよみがえってくるほどですよ.

七日七夜というもの,苦しみどおしに苦しんだあげく,もうへとへとに疲れきって,天にむかって両腕をさしのべ,大きな声をあげてルキナ(エイレイテュイア)やニクシ(ローマの妊婦を守る女神)の御名をよびました.

ルキナさまは,すぐに来てはくださったけれど,以前からわたしに悪意を抱いておいでだったものだから,かえってあの意地わるいユノ女神にわたしの命をささげようとされたんだよ.

それで,わたしの呻き声をきくなり,産室の戸口のまえにあった祭壇にあぐらをかいてすわり,指を櫛(くし)のようにくみあわせて,お産の邪魔をなさった.おまけに,ひくい声で呪文をとなえ,その呪文のおかげで分娩が中途でやんでしまうんです」

 

「わたしは,けんめいになってりきみ,薄情者のユピテル(ゼウス)さまにむかってつまらに口をこぼしたり,もう死にたいとわめいたり,石をもやわらげることができるかとおもわれるような泣き言をならべたりしていました.

カドムスの町の母親たちは,私を助けにきてくれて,おなじように天に祈りをささげ,苦しむわたしをはげましてくれました.

 

そのころ,わたしが使っていた召使いたちのひとりに,ガランティスという,ひくい身分の出の金髪の娘がいて,こちらの言いつけることはなんでもすぐしてくれて,骨身を惜しまず仕えてくれるので,とてもかわいがっていたんですよ.

この子が,なんだかユノ女神の憎しみのためにこんなことになったらしいことに気がついてね,なんども戸口を出たり入ったりしているうちに,ルキナさまが祭壇にすわって,両腕を指先でくみあわせて膝の上に置いているのを見つけると,こういったのだよ.

『どなたか存じませんが,奥様のためによろこんであげてください.アルゴスアルクメナさまのお産は,もうおわりました.すでにお母さまになられて,日ごろの祈願がかなえられました』

すると,お産の女神は,はっとおどろいて,そのはずみにくみあわせていた手をほどいてしまったんだよ.と,同時に,わたしの呪縛(いましめ)もとけて,すっかり楽になったの.

なんでもガランティスは,女神がまんまと一杯くわされたのを見て,笑いだしたということですよ.するとおこった女神は,笑っているガランティスをとらえると,髪の毛をつかんで引きずり,起きようとするところをおさえつけて,とうとう両手を獣の前足に変えてしまわれた.

かの女は,むかしの軽快さを残し,背中の色ももとのままだったけれど,姿だけは変わってしまった.そして,口で嘘をついてお産を助けたものだから,口から子供をうむようになったの(⇒*).

かの女は,以前とおなじように,いまでもよくわたしたちの家をたずねてくれるのだよ」

 

⇒* いたちになったのである.古代人は,いたちは口から仔をうむと信じていた.

 

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