「ドリュオペとロティス」(オウィディウス転身物語 9巻5)では,何の罪もないドリュオペが,花を摘んだだけでロトゥスの木に変身してしまいます.
子供への思いをもらしながら.
Dryope (daughter of Dryops) - Wikipedia
「どうかこの子だけは,小枝となった母の手からひきはなして,いい乳母をつけてやってください.そして,坊やがしばしばこの木の下で乳をのみ,わたしの木かげで遊ぶようにしてください」
「この子がものを言えるようになったら,母に挨拶をし,悲しげに『ぼくのお母さんは,この木のなかにいるんだ』といわせるようにしてください」
「どうかわたしの眼にさわらないでください.あなたがたの手をわずらわさなくても,樹皮がひとりでにあがってきて,死んでいくわたしの眼をとじでくれるでしょう」
オウィディウス版転身物語では,ドリュオペの子供アムピッスス(アムピッソス)の父親の名前は明かされていませんが,リーベラーリス版「メタモルフォーシス 変身物語」では,父親はアポローンと明かされています.
ギリシャ・ローマ神話で最もモテる神アポローンは,同時に,父神同様に好色な神でもあります.
なお,オウィディウス版とアントーニーヌス・リーベラーリス版では物語の内容は大きく異なります.
後者では,ロティスは登場せず,また,妖精のドリュオペーへの好意から,黒ポプラの妖精に変身します.
アントーニーヌス・リーベラーリス メタモルフォーシス 安村典子訳 講談社文芸文庫
第32話 ドリュオペー
ドリュオプスはスペルケイオス川を父とし,ダナオスの娘たちのひとり,ポリュドーレーを母として生まれた子である.
このドリュオプスはオイテーの地の王であった.
彼にはひとり娘ドリュオペーがおり,彼女は父の羊たちを世話していた.樹木の妖精たちはドリュオペーを大いに愛していたので,彼女を自分たちの仲間にし,神々を讃える歌や踊りを彼女に教えた.
アポローンはドリュオペーが踊っている姿を見て,彼女と愛を交わしたいとの望みを抱いた.
そこでアポローンはまず亀に変身した.その亀を見てドリュオペーは妖精たちと一緒になって笑い転げ,それをおもちゃにした.
彼女がその亀を懐に入れると,アポローンは亀であることをやめて蛇になった.
妖精たちは恐ろしくなり,ドリュオペーひとり残して逃げてしまった.
そこでアポローンは彼女と交わった.
ドリュオペーは大きな恐怖にかられて父の館に逃げ帰ったが,両親には何も言わなかった.
その後,彼女はオクシュロスの子アンドラオモーンと結婚してアムピッソスを産んだが,これはアポローンとの間にできた子供であった.
アムピッソスは成人するやたちまちのうちに万人を凌ぐ青年となり,オイテーの山近くに時運の名前と同名の年を建設して,その周辺の地の王となった.
アムピッソスはドリュオペス人の地にアポローンの神殿をも建設した.
この神殿にドリュオペーが近づいた時,樹木の妖精たちが彼女に好意をよせて彼女をさらい,森の中に隠した.そして,彼女の代わりに黒ポプラの木を大地から生えさせ,その傍には泉を流れ出させた.
ドリュオペーは人間ではなく妖精に変身したのであった.
アムピッソスは母に与えられた好意に感謝して,妖精たちのために社を建設し,その地の運動競技会を最初に開催した人となった.
今日でもなお,その地の人々はこの競技会を守り続けている.
ある時二人の娘たちが土地の人々に次のようなことを告げた.
ドリュオペーは妖精たちによって姿を消されたのだから,女たちがこの競技会に近づくことは神意に背く行為である,と.
しかし妖精たちはその言葉をよしとせず,二人の娘をモミの木に変えてしまったのである.