スゲ(菅)3  万葉集には菅とは別に山菅を詠んだ歌が14首あります.日本国語大辞典は,万葉集にある“山菅”は「山に生えているスゲの類」としていますが,漢名の麦門冬に当たる植物,すなわち,ヤブランまたはジャノヒゲとする説もあります. 山菅(やますげ/やますが) 万葉集 咲く花は,移ろふ時あり,あしひきの,山菅(やますが)の根し,長くはありけり  大伴家持 巻二十 4484

古事記では,

イワレビコ神武天皇)がイスケヨリヒメとの一夜の契りを懐かしんだ歌にも,管畳(すがだたみ)として詠われた菅(すげ/すが).

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/11/29/225404

あしはらの しげしきをやに

すがたたみ いやさや敷きて

わがふたり寝し

 

葦茂る原の 荒れ果てた小屋で

菅のたたみを 清らかに敷き重ね

わが二人でともに寝たおり

 

 

万葉集では

“スゲはハギ,アシに次いで多く(草本類で比較していると思われます),49首も詠まれている“.(日本大百科全書 スゲとは - コトバンク )

 

大君(おほきみ)の 御笠に縫へる 有馬菅(ありますげ) 有りつつ見れど 事無き吾妹(わぎも)  作者不詳 万葉集 巻十一 2767(2757)

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/11/30/234136

 

万葉集で,単に菅(すげ/すが)と詠われた場合は,カサスゲと考えられます.

が---

ややこしいことに,

 

“菅の根(すがのね)” として描かれた時の“菅”は水辺に生えるカサスゲとは別種となります.

 

菅の根(日本国語大辞典).

菅の根とは - コトバンク

山菅(やますげ)の根.こまかく分かれて長く,土にからみつく.

 

スゲ(菅)3 

では,山菅とはどのような植物でしょう?

万葉集には菅とは別に山菅を詠んだ歌が14首あります.

たのしい万葉集: 山菅(やますげ)を詠んだ歌

 

山菅(やますげ/やますが) (日本国語大辞典

① 山に生えているスゲの類.山地に自生するスゲの類.やますが.

※万葉(8C後)一一・二四七七「あしひきの名に負ふ山菅(やますげ)押し伏せて君し結ばばあはざらめやも」

② 植物「やぶらん(藪蘭)」の古名.〔本草和名(918頃)〕

 

①の例示から分かるように,日本国語大辞典は,万葉集にある“山菅”は「山に生えているスゲの類」としています.

しかし,「やぶらんの古名」としている②は,本草和名という信頼できる文献(平安前期にできた日本最初の漢和薬名辞書)への記載.

なぜ,日本国語辞典の編者が①としたのか?

その理由が分かれば良いのですが---.

 

本草和名への記載があるためでしょう.

ウェブ上の万葉集解説のいくつかは,山菅は「ヤブラン」としていますが,「蛇の鬚」も候補に挙げて良いようです.

http://www3.kcn.ne.jp/~katoh/nature/yamasuge.htm

https://fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/fsm/data/64yaburan.html

二番目の広島大学のサイトでは,次のような解説が.本草和名の内容を書いている?

 

 「ヤマスゲ」は漢名の麦門冬(ばくもんとう)に当たるものであることはわかっていますが,麦門冬にはヤブランとジャノヒゲの2つがあります.したがって万葉集のヤマスゲは,ヤブランとジャノヒゲの両種を考えた方がよいと思われます.

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https://fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/fsm/data/64yaburan.html

 

なお,折口信夫万葉集」では,“麦門冬”をそのまま採用して山菅の訳としています.

 

また,たのしい万葉集には次のような解説が.

たのしい万葉集: 山菅(やますげ)を詠んだ歌

山菅(やますげ)

山菅(やますげ)がなにかということについてはいろいろな説がありますが,カヤツリグサ科の菅(すげ)が有力だと思われます.

▽菅(すげ).....カヤツリグサ科の菅(すげ)です.

ヤブラン.....ユリ科多年草.8月~9月頃,林に良く見かけます.つやのある線形の葉と,紫色の小花を穂状につけた花茎が特徴です.

▽蛇の髭(じゃのひげ).....ユリ科多年草で,冬に濃い青色の実をつけます.竜の髭(りゅうのひげ)とも言います.

 

 

山菅(やますげ/やますが) 万葉集

咲く花は,移ろふ時あり,あしひきの,山菅(やますが)の根し,長くはありけり  大伴家持 巻二十 4484

 

折口信夫 「万葉集

咲いている花は,衰えて褪せてしまう時がある.ああ山の麦門冬の根は,(人もいふ如く)長々としている.人の心を惹くものは,さうして脆くなってしまふ.

 

▽たのしい万葉集

咲く花は,色あせてしまうことがあります.山菅(やますが)の根は,長く生きているものです.

あしひきのは,山などを導く枕詞(まくらことば)です.

たのしい万葉集(4484): 咲く花は移ろふ時ありあしひきの