古事記では,
イワレビコ(神武天皇)がイスケヨリヒメとの一夜の契りを懐かしんだ歌にも,管畳(すがだたみ)として詠われた菅(すげ/すが).
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/11/29/225404
あしはらの しげしきをやに
すがたたみ いやさや敷きて
わがふたり寝し
葦茂る原の 荒れ果てた小屋で
菅のたたみを 清らかに敷き重ね
わが二人でともに寝たおり
万葉集では
“スゲはハギ,アシに次いで多く(草本類で比較していると思われます),49首も詠まれている“.(日本大百科全書 スゲとは - コトバンク )
大君(おほきみ)の 御笠に縫へる 有馬菅(ありますげ) 有りつつ見れど 事無き吾妹(わぎも) 作者不詳 万葉集 巻十一 2767(2757)
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/11/30/234136
万葉集で,単に菅(すげ/すが)と詠われた場合は,カサスゲと考えられます.
が---
ややこしいことに,
“菅の根(すがのね)” として描かれた時の“菅”は水辺に生えるカサスゲとは別種となります.
菅の根(日本国語大辞典).
山菅(やますげ)の根.こまかく分かれて長く,土にからみつく.
スゲ(菅)3
では,山菅とはどのような植物でしょう?
万葉集には菅とは別に山菅を詠んだ歌が14首あります.
山菅(やますげ/やますが) (日本国語大辞典)
① 山に生えているスゲの類.山地に自生するスゲの類.やますが.
※万葉(8C後)一一・二四七七「あしひきの名に負ふ山菅(やますげ)押し伏せて君し結ばばあはざらめやも」
② 植物「やぶらん(藪蘭)」の古名.〔本草和名(918頃)〕
①の例示から分かるように,日本国語大辞典は,万葉集にある“山菅”は「山に生えているスゲの類」としています.
しかし,「やぶらんの古名」としている②は,本草和名という信頼できる文献(平安前期にできた日本最初の漢和薬名辞書)への記載.
なぜ,日本国語辞典の編者が①としたのか?
その理由が分かれば良いのですが---.
本草和名への記載があるためでしょう.
ウェブ上の万葉集解説のいくつかは,山菅は「ヤブラン」としていますが,「蛇の鬚」も候補に挙げて良いようです.
http://www3.kcn.ne.jp/~katoh/nature/yamasuge.htm
https://fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/fsm/data/64yaburan.html
二番目の広島大学のサイトでは,次のような解説が.本草和名の内容を書いている?
「ヤマスゲ」は漢名の麦門冬(ばくもんとう)に当たるものであることはわかっていますが,麦門冬にはヤブランとジャノヒゲの2つがあります.したがって万葉集のヤマスゲは,ヤブランとジャノヒゲの両種を考えた方がよいと思われます.
https://fukuyama.hiroshima-u.ac.jp/fsm/data/64yaburan.html
なお,折口信夫「万葉集」では,“麦門冬”をそのまま採用して山菅の訳としています.
また,たのしい万葉集には次のような解説が.
山菅(やますげ)
山菅(やますげ)がなにかということについてはいろいろな説がありますが,カヤツリグサ科の菅(すげ)が有力だと思われます.
▽菅(すげ).....カヤツリグサ科の菅(すげ)です.
▽ヤブラン.....ユリ科の多年草.8月~9月頃,林に良く見かけます.つやのある線形の葉と,紫色の小花を穂状につけた花茎が特徴です.
▽蛇の髭(じゃのひげ).....ユリ科の多年草で,冬に濃い青色の実をつけます.竜の髭(りゅうのひげ)とも言います.
山菅(やますげ/やますが) 万葉集
咲く花は,移ろふ時あり,あしひきの,山菅(やますが)の根し,長くはありけり 大伴家持 巻二十 4484
咲いている花は,衰えて褪せてしまう時がある.ああ山の麦門冬の根は,(人もいふ如く)長々としている.人の心を惹くものは,さうして脆くなってしまふ.
▽たのしい万葉集
咲く花は,色あせてしまうことがあります.山菅(やますが)の根は,長く生きているものです.
あしひきのは,山などを導く枕詞(まくらことば)です.