問題点は二つあります.日本学術会議法で「独立して」職務を行う機関であると定められたにもかかわらず,その独立性の侵害につながる行為である,という点. もう一つは,日本国憲法が保障する学問の自由に反する行為であると考えられる点.(任命拒否は)日本学術憲法の根幹を侵害したと考えられます.異なる考え方をする国民全体の萎縮効果を狙ったものだと思います.民主主義国家である日本が誇りを持てる首相になってほしい.それだけです.田中優子・法政大総長 毎日新聞

#排除する政治~学術会議問題を考える

法政大出身の菅氏へ「民主主義国家が誇り持てる首相に」 田中優子・法政大総長

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https://mainichi.jp/articles/20201011/k00/00m/040/065000c

毎日新聞2020年10月12日 12時00分(最終更新 10月12日 12時23分)

牧野宏美

 

 「断じて許してはなりません」.日本学術会議の新会員候補6人が菅義偉首相から任命されなかった問題に対し,法政大の田中優子総長は学問の自由を侵す行為として強い警鐘を鳴らす異例のメッセージを発表した.

【総長メッセージ】日本学術会議会員任命拒否に関して :: 法政大学

その発表前に取材に応じた田中氏は「安倍政権の時代から国会議員による本学の研究者に対する恫喝(どうかつ)や圧力と受け取れる言動があった」と明かし,大きな社会変動の時代,その役割が一層増している人文・社会科学分野の研究者に,今回の任命拒否が集中していることも問題視する.【牧野宏美/統合デジタル取材センター】

 

首相が任命可否を判断するのは不可能

 

  ――任命拒否の問題点はどこにあると考えますか. 

 ◆全国の大学や研究機関にとって,見過ごすことのできない,非常に大きな問題です.問題点は二つあります.

 

 一つは,日本学術会議が戦後,「わが国の平和的復興,人類社会の福祉に貢献し,世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する」(日本学術会議法前文)ことを使命として設立され,日本学術会議法第3条の通り「独立して」職務を行う機関であると定められたにもかかわらず,その独立性の侵害につながる行為である,という点です.

政府や歴代の首相は,その独立性,自立性を認めてきましたし,最も優れた研究者たちが集まった会議が選んだ候補を,首相が研究の「質」によって任命判断をするのは不可能です.

 

 もう一つは言うまでもなく,日本国憲法23条が保障する学問の自由に反する行為であると考えられる点です.

憲法は,その研究内容に関係なく学問の自由を保障しています.学術研究は政府から自律していることによって多様な角度から真理の追究が可能になり,その発展につながるからです.それがひいては社会全体の利益につながっているので,今回の件は最終的には国民の利益を損なうものと言えます

 

 

6人は全員,人文・社会科学分野 軽視も問題

 

 ――田中総長は2018年度から日本学術会議の活動を評価する外部評価有識者に就任し,取りまとめ役の座長を務めています.外部から見た学術会議の課題は何でしょうか.

  ◆一つは,会員に医学や工学など自然科学分野に比べて人文・社会科学分野の研究者が少なく,偏りがみられることです.

今年3月に提出した外部評価意見書の中には,次のような内容も盛り込みました.

「社会が大きく変化する時代は,既存の価値観を疑い新たな価値を創造する人文・社会科学の機能が,今よりもさらに重要になると思われる.(中略)会員選考等では,既存の分野等にとらわれない幅広い分野の研究者を積極的に選考し,ダイバーシティー(多様性)を推進していただきたい」

 

 つまり,人文・社会科学の研究者ばかりを任命拒否したのは,私たち外部評価有識者の意見も間接的に否定したことになりますね.

 

 ――なぜ人文・社会科学分野が重要になっているのでしょうか.

  ◆まず,国の「科学技術基本法」が今年から,「人文科学のみに係る科学技術」及び「イノベーションの創出」を振興の対象に加えました.

その理由は,社会の課題は今,エネルギー問題,気候変動,自然災害,少子高齢化ジェンダー問題など複雑で多様になっているからです.

これら幅広い課題に対応する必要がありますが,科学の領域では専門分化が進み,俯瞰(ふかん)的に物事を見ることが難しくなっています.そこで重要な役割を果たせるのは人文・社会科学です.自明と考えられているような学術の前提や理念を根底から反省的に問い直し,新たな価値を創造することができるのです.

 

 人文・社会科学は,分野の点でも研究者の価値観の点でも,多様な視点を持っています.多様な人間観や倫理観や思想の出合いと議論がイノベーションを生み出すのであって,同じような考え方の研究者を集めると,視野を狭めることになります.

 

 

2年前にも国会議員の圧力行為 「政治権力と憲法を理解せず」

 

 ――田中総長は18年5月,「自由で闊達(かったつ)な言論・表現空間を創造します」とする総長メッセージを発表し,その中で国会議員が研究者に対して恫喝や圧力と受け取れる言動をしていると指摘していますね.

 

 ◆はい.当時,厚生労働省が作成した裁量労働制に関する不適切データについて,ミスではなく意図的に作成されたとしか考えられず,その意味で「捏造(ねつぞう)だ」と指摘した法政大の上西充子教授に対し,自民党橋本岳議員がフェイスブックに「後付けで噴飯ものもいいところ」などと投稿(後に一部削除)し,問題になりました.

 

 また同じ頃,「多額の科学研究費補助金科研費)を受け取っている」などと法政大の研究者が批判されたことがありました.

科研費は極めて厳正な審査を経て決定されます.決定後の使い方についても,少しでも不正がないように監視されます.巨額に見える科研費は,数年にわたるだけでなく,若手研究者育成のために,多くの研究者に配分され,それによってようやく研究の継承が成り立っています.ひとりで使うわけではありません.それを理解しない国会議員が,論文を読み込むわけでもなく,研究の表題だけで批判していたのです.

 

 いずれも根拠のない感情的な批判で,それは権力の乱用を招き,人々の思考力,表現力を萎縮させます.教育現場で「思考力,判断力,表現力,主体性」が大事だとする文部科学省の見解とも矛盾します.

その矛盾に国会議員はどう責任を取るつもりなのか,今でも疑問を感じています.

 

 ――これらの国会議員の行為と,今回の6人の任命拒否に通底するものはありますか.

 

 ◆政治権力と憲法についての理解の浅さだと思います.

加藤勝信官房長官は任命拒否について,法的に許容される「合法的な権限行使」だと主張しています.しかし,憲法を超えて権限を行使することは,憲法最高法規とし,大臣や国会議員らに守る義務があると定めた98条と99条で禁止されています.

つまり日本学術会議法や憲法23条だけでなく,憲法の根幹を侵害したと考えられます.憲法の主体である国民は政治家や公務員に憲法を守らせなければならないので,いま大変多くの場で声が上がっているのだと思います.

 

「異なる考え方をする国民全体の萎縮効果を狙ったもの」 

 

 ――国会議員の問題行為を指摘された時は安倍政権でした.菅政権になっても学問の自由を侵すような動きが続いていることについて,どのようにお考えですか. 

 ◆安倍政権を継承する,とおっしゃった以上,同じことが続くであろうと思っていましたが,これほど早く,これほどはっきりした形で,意に沿わない人や組織への権力を行使するとは思いませんでした.

研究者のみならず,異なる考え方をする国民全体の萎縮効果を狙ったものだと思います.

 

 ――菅首相は1973年に法政大法学部政治学科を卒業しています.菅氏に何か言いたいことはありますか.

 ◆民主主義国家である日本が誇りを持てる首相になってほしい.それだけです.

 

たなか・ゆうこ

  1952年,神奈川県生まれ.法政大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学.江戸時代の文学・生活文化,アジア比較文化.91年に法政大教授,2014年から法政大総長.著書に「江戸の想像力」「自由という広場」など.

 

 

熱血!与良政談

任命拒否問題の核心

与良正男

毎日新聞2020年10月14日 東京夕刊

https://mainichi.jp/articles/20201014/dde/012/070/016000c?cx_fm=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20201014

 

 今週も日本学術会議の新会員候補のうち6人を菅義偉首相が任命しなかった問題について書く.

首相や自民党は,これを「聖域なき行政改革」といった話にすり替えて乗り切ろうとしているからだ.

 

 問題の核心は「なぜ6人を拒否したのか」にある.ところが首相は具体的に理由を語らない.

 

 そして任命されなかった6人を含む会議側が推薦した105人の名簿を「見ていない」と首相が言い出したり,加藤勝信官房長官が「105人の名簿は参考資料として添付した」と釈明したり.任命拒否の判断には事務方トップの杉田和博官房副長官が関与したというが,依然,「なぜ拒否?」の説明はない.

 

 おさらいしておく.安倍晋三前内閣以来,政権側は軍事転用可能な科学技術開発に消極的な学術会議に不満を持ってきた.そして6人は安全保障法制や,戦前の治安維持法につながりかねない「共謀罪」の創設に異論を唱えてきた.

 

 税金が使われている組織なのに政府に協力しないのは総合的,俯瞰(ふかん)的な活動ではない.会議は左派に牛耳られて偏っている――と首相は言いたいに違いない.要するに政府の「御用学者」の組織にしたいのである.

 

 日本の研究レベルが落ちているというのなら,若い人たちが自由に研究に取り組めるよう経済的な支援を手厚くする方が先だと思うが,そんな議論にもならない.

 

 実は新聞と学術会議は共通点がある.戦前,毎日新聞をはじめ新聞は軍部に唯々諾々と従って戦争をあおった.その反省に立って新聞は戦後再スタートした.

 

 同時に軍部は戦前,科学者に原爆開発を命じる一方,思想統制に邪魔となる学者を徹底排除した.学術会議が独立した組織を目指して戦後設立されたのも,時の権力に抵抗できなかった反省からだ.

 

 その原点が今,脅かされようとしている.私たちが最も敏感になるべき話なのに,読売,産経両紙が社説等々で政府方針に理解を示しているのは不思議でならない.

 

 そもそも首相はどれだけ覚悟を決めてこの問題に踏み込んだのだろう.説明が迷走し,つじつま合わせに追われる姿を見ていると,それも疑わしくなってくる.

 

 自民党には「首相はこんなに大きな問題になるとは考えていなかったのでは」と話す人もいる.だとするとより深刻な事態と言うべきだろう.(専門編集委員