「『証拠をみて,事実と違うと気づいたことは,全部送ってくるように』と」「一つ見つけたのが,フロッピーディスクのプロパティ.日付が合わなかったんです」初公判:弁護側の反撃が始まった.最初は偽の証明書を作成した日付.元係長,証人が供述調書の内容を次々と否認.石井一が弁護側の証人として出廷.村木に無罪判決「何の感情も湧かないのに,ものすごく心臓だけが大きな鼓動を1回打ったんです」 わたしはやっていない 村木厚子 無罪までの454日 (2) NHKBSプレミアム

「わたしはやっていない 村木厚子 無罪までの454日」(2)

アナザーストーリーズ 運命の分岐点

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https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/72QJPQ7QV7/

BSプレミアム 2020年8月8日 火曜 午後9時

 ナビゲーター 松嶋菜々子  語り 濱田岳

 

「わたしはやっていない 村木厚子 無罪までの454日」 (1)

「100%信頼しています!」「いくらでも戦うからね!まかせて!」「ふっと,娘たちのために頑張らなくっちゃ,あの時お母さんも頑張ったから,私たちもきっと最後まで頑張りきれるって,娘たちが思えるような.そういう対応を自分がしとかなきゃと思ったんですよね.そう思った途端に,絶対これで崩れることはない.最後まで.自分はちゃんと頑張れるって自信持ったんですね」

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/10/08/231501

 

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https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/72QJPQ7QV7/

村木は,弘中弁護士と共に,裁判への準備を開始した.

検察側の証拠が弁護側に開示されると,村木のもとにもコピーが届けられた.

積みあげると1メートルにも及ぶ膨大な量.村木は,その全てを洗い直し,自分の疑いを晴らす手がかりを探した.

 

村木さん「弁護士さんからはですね,『一番時間があるのは村木さんだ』.それから,『一番役所の仕組みを知っているのも村木さんだ.だから,一生懸命証拠をみて,ちょっとでもおかしいとか,矛盾があるとか,事実と違うと気づいたことは,全部,手紙に書いて送ってくるように』と言われてたので,すごく真面目に,その作業をやってました」

 

気になるものを発見した.

 

村木さん「その中で,一つ見つけたのが,証明書作ったときのフロッピーディスクのプロパティ(履歴)のコピーが出てきたんですね.

日付をみたら,検事さんたちが作ったストーリーとその日付が合わなかったんですね.

必死で弁護士さんに手紙を書いて,このフロッピーディスクがあったことがわかった.日付がおかしい.日付と検察ストーリーがずれているということを,一生懸命,手紙に書いて訴えた」

 

検察のストーリーでは,障害者団体を名乗る元会長の依頼で,村木が証明書を出すよう指示したのは,6月上旬のはずだった.

 

弘中弁護士「ところが,そのフロッピーディスクのプロパティをみると,5月31日の深夜,6月1日の早朝にかかってるんですけど.

従って,6月の上旬に指示したということと,それよりも前に,その指示の結果の文書が出てきているということは,絶対に相いれない重要な矛盾だと思いました」

 

偽の証明書が作成されたのは,6月1日未明.

村木が不正発行を指示したとされる時期とずれ,検察のストーリーを大きく覆す決定的な手がかりになった.

 

裁判を前に,4度目の保釈請求がようやく通った(2009年11月24日).

164日間の,長い拘留生活がやっと終わった.

 

村木さん「娘たちとは,泣いて抱きあったぐらいじゃないですかね.

上の娘は,やっぱり自分が長女なんだからしっかりしなきゃと思って,ちゃんと泣かないようにしたよっていうようなことを報告してくれたし,下の娘は,自分が一番家族の中で年下なので,みんながわたしのことを心配するから,心配かけないようにちゃんと頑張ってたよっていう話をしてくれて.

だから,それぞれ,家族の前では,自分がつらいっていうのを,見せないようにしてたみたいですかね」

 

 

世間では,疑惑の女性官僚の裁判の行方に,好奇の視線が集まっていた.

しかし,ここから,誰もが夢にも思わなかったドラマが始まる.

 

いよいよ裁判が始まりました.

四面楚歌の中,裁きを待つ村木厚子さん.しかし,意外な展開が待っていました.

検察側が主張した事件のストーリーが,次々と音をたてて崩れたのです.

変わって明らかになったのは,ずさんな捜査.不当な取り調べの数々.

ついに,村木さんは,無罪判決を勝ち取ります.逮捕から実に454日目のことでした.

それにしても,一体なぜ,検察はこんな大失態を演じたのでしょうか.

 

視点2 元検事: なぜ検察は失態を犯したのか?

第2の視点は,検事を20年以上努め,弁護士に転身した郷原信郎

後に発覚する証拠改ざん隠ぺい事件では,訴追された元検事の弁護を担当した人物です.

検察に身を置いたからこそ分かる事件の背景に隠されたアナザーストーリーです.

 

東京地方検察庁などで長く検事を務め,後に弁護士になった郷原信郎

郷原の目には,かつての同僚たちの姿はどう映っていたのか.

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 https://www.nhk.jp/p/anotherstories/ts/VWRZ1WWNYP/episode/te/72QJPQ7QV7/

郷原弁護士(元検事)「特捜事件というのは,検察が自ら事件を立件して,逮捕・起訴して有罪に向かって立証してきたもので,そのプロセスで,地検の内部だけではなくて,高検,最高検の了承も得て,検察全体で判断してやっているはず.

だから,何とかして有罪判決を出そうとする.有罪の方向でしか,なかなかものが考えられない.とくに特捜部の事件はそう.組織のメンツがかかっているんで」

 

元検事,郷原信郎が,この裁判を検証する.

 

2010年,1月27日.大阪地方裁判所

初公判が始まった.

検察が見立てたストーリーは,この事件は,国会議員の関与により,実態のない障害者団体と,村木ら厚労省幹部が結託して起こしたという,大がかりなものだった.

立証の決め手としたのは,厚労省の元係長が,村木に命じられて偽の証明書を発行したと供述していたこと.

村木が指示したとされる時期も,供述で裏付けがとれていた.

更に,団体の元会長が,国会議員に厚労省の口利きを依頼した日時が分かっていること.

捜査は,一見,盤石に見えた.

 

裁判の冒頭,起訴状に対する意見陳述で,村木ははっきりと述べた.

「私は無罪です」

 

村木さん「自分が1人で証言の席に立ってると,ものすごい緊張するんですね.例えば,自分の住所を言えるだろうかとか.そんなぐらいのプレッシャーなんです.

自分の証言で自分の運命が決まる.そのプレッシャーってすごいなと思います」

 

そこから,弁護側の反撃が始まった.

最初に攻めたのは,偽の証明書を作成した日付.

一日の未明に既に作成されていたので,6月上旬に村木が指示したというストーリーは破綻している.

検察側は,色を失った.

 

郷原弁護士(元検事)「こういうことが,突然,第1回公判で,世の中にあらわになるというのは,公判に立ち会ってる検察官としては,大失態ですね.

通常,検察は,弁護側に証拠を開示するときに,その証拠相互間に矛盾がないかどうか,食い違っていないのかどうかということは,かなり慎重に検討すべきだし,それやってるはずなんです」

 

検察側が決め手とした村木の部下だった元係長が,証言台に呼ばれた.

検察の取り調べでは,村木に命じられて偽の証明書を作成したと供述していた.

 

村木さん「私の指示でやったという証言をしていると,そういう供述調書は,もう作られたわけですから,法廷でどういう証言をするのかというのは,一番,私も気になっていたんですよね」

 

しかし----.

「偽の証明書は独断で作った」.

なんと,元係長が証言を翻した.

この瞬間,検察のストーリーは音をたてて崩れはじめる.

 

村木さん「ほんとに,あの〜,検事さんに立ち向かう感じで,『自分はそういうことを言っていないのに,そういうストーリーの調書を作られた』『いくら自分が違うと言ってもまったく聞き入れてくれなかった』という話を.本当に泣きながら証言してくれて.

決して,その,こう,強いタイプの人ではないと思うんですけど,今度こそ負けないという彼の思いが伝わってきましたね

 

この日,裁判を傍聴していた村木の家族.もと係長の証言に,

村木太郎さん「最初は,(厚子を)陥れる張本人じゃないか,自分の罪を軽くするために,嘘を言ってるんだろうということで,家族そろって,やっぱり,すごく嫌なやつという印象だったんですけども,その日の裁判が終わった後に,娘が,『もう怒ってないよと伝えたい』っていった.それがもう我々家族全体の気持ちだった」

 

元係長に続き,5人の証人が供述調書の内容を次々と否認.取り調べに誘導や脅しがあったと証言した.この展開を,郷原はどう見ていたのか.

 

郷原弁護士(元検事)「多くの証人の証言が,客観的な事実と合っていないということが,どんどん出てきた.そして,取り調べの方法も問題だった.もうほんとに,検察官の立証というものは証拠的には非常に薄いものになって---,

それでも,公判検察官というものは,組織が有罪立証を諦めない以上,有罪の方向に向かって進んでいくことになる.それが今の,これまでの検察の組織のあり方なんですね

 

そして,大きな山場がやって来た.

2010年3月4日.第11回公判.

国会議員,石井一(はじめ)(当時参議院議員が,検察ではなく,弁護側の証人として登場したのだ.

石井は,団体に頼まれ厚労省に口利きをしたと検察が見立てた重要人物だった.

 

弘中弁護士「石井さんは,当然,キーパーソンだと思ったのですが,ところが,石井さんの供述調書がほとんどない.なんでだろうと」

 

石井議員に直接確かめると,意外な事実が判明した.

障害者団体を名乗る元会長と会ったとされるその日,石井は別の場所でゴルフをしていた.つまりアリバイがあったのだ.

弁護団は,証拠として石井の手帳を提出.ここでも検察のストーリーが根底から崩れた

 

郷原弁護士(元検事)もともとは,そこ(国会議員)がターゲット,ねらいだったはず.大阪地検特捜部としては.重大な経済事犯.そういう政治家にもつながるような事件という見立てで始めてた.

ところが,そこがもともと間違ってたんで,結局,そういう,国会議員を取り調べるだけの材料すらつかめないということになってしまった」

 

結局,検察側が証拠として出した供述書は,43通のうち,なんと34通が却下.異常な事態だった.

だが,それでもなお,検察は村木に対し,懲役1年6ヶ月を求刑した.(2010年6月22日)

 

郷原弁護士(元検事)「検察官は,まだ,残りの調書と公判証言で,ギリギリ有罪の立証ができると考えていたようですね.

まあ,そのぐらいですね.検察にとっては,裁判所はよほどのことがない限り,特捜事件で無罪判決は出さないだろうというような思いが昔からあって.確かに非常に少ないんですよ.特捜事件で無罪は」

 

それに対して弁護側は,

弘中弁護士「これはもう,100パーセント(無罪)だと思っていましたね.というのは,法廷証言というのは,村木さんの有罪を裏付けるものがないわけですよ.これは,だから,有罪判決の書きようがないと思いましたね.確信しました」

 

迎えた判決の日(2010年9月10日).

裁判官は,検察の求刑を退け,村木に無罪判決を言い渡した.

 

(当時のテレビ放映映像)

記者「無罪」「無罪」

アナウンサー「無罪です.無罪が言い渡されました.無罪です.無罪の判決が言い渡されました.村木元局長に無罪が言い渡されました」

村木さん「こういう結果が出るっていうことを信じてやって来ましたけれど,その通りの判決が出て,本当にうれしいです.いろんな人に支えられて,今日の日が迎えられて,本当に感謝しております」

 

(スタジオ)

(動画を見る村木さん)

村木さん「久しぶりにみました」

取材者「思い出しますよね.そのことを」

村木さん「そうです.うん.自分がどういう気持ちになるのかなって思いながら裁判長の言葉を聞いてたんですね.

そしたら,こう,何の感情も湧かないのに,ものすごく心臓だけが大きな鼓動を1回打ったんです.自分で分かるぐらいの.

何かの感情っていうのが湧いてこなかった.

でも,一つ大きな,大きな大きな山を今ちゃんと越えたんだ,という感じはしました」

 

だが,このまま終わるとは思えなかった.

 

郷原弁護士(元検事)「組織っていうところは,特に,特捜部の事件で無罪ですから,大変な問題ですから.地方裁判所の3人の裁判官が否定した.こんなもので後に引けるかという考え方があるんです.

控訴ですね

 

ところが判決から11日後,衝撃的なスクープが飛び込んできた.

 

(映像:朝日新聞記事)

「検事,押収資料改ざんか」「郵便不正事件 捜査の見立て通りにFDデータ書き換え---」

http://www.asahi.com/special/kaizangiwaku/OSK201009200135.html

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特捜部の検事が,証拠を改ざんしていた疑い.

村木が指摘した,あのフロッピーのデータだった.

偽の証明書を作成した日付.自分たちのストーリーに合うよう,6月8日に書き換えていた.

 

裁判には使われなかったものの,証拠に手をつけるなど,法をつかさどる検察にとって,あってはならない.

その日の夜,事件の主任検事が,証拠を改ざんしたとして逮捕される.

同じ日に,検察は控訴を断念.

ついに,村木の無罪が確定した.

 

翌日,村木は厚労省に職場復帰した.

 

(職場復帰する村木の映像)

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村木厚子さん 厚労省復帰 - Google 検索

 

村木さん「私の事件のときの一番大きな教訓は,検察も間違えることがあるということを,みんなが知ったことだと思うんですね.

検察は間違えないって市民が思い,検察は間違えちゃいけないって検察官が思っていると,もしも間違いが起こったときに,それを隠すということになるじゃないですか.

検察官にすごい権限与えて,検察官が疑ったらもうクロなんだと思う.そうじゃない.そうじゃないことがあるっていうのを,1回実証できたっていうのは,大きかったかなと思います」

 

郷原は.検察側にも過ちの自覚があったと見ている.

郷原弁護士(元検事)「証拠改ざんが,第1回公判の前後頃に,明らかになっていたですね.検事たちの間で.それで,いろいろこう大騒ぎをしたというふうなことがあって.

公判担当検事は,みんなそういう思いを抱えて.もともと証拠が改ざんされたような事件で,もともと間違ってたんだ,という思いをずっと引きずりながら,仕方なく組織のためにやっているという認識があったんじゃないかと思うんですね」

 

この事件の後,二つの大きな出来事があった.

一つは証拠を改ざん,隠ぺいした検事らの裁判.

もう一つ.この事件であらわになった,検察の構造的な問題にメスを入れるための会議が開かれたのだ.

 

(後略)