ポジティビズム;“参加して『うまくプレーできればこの試合に勝てるぞ』と考えること“  利他主義;“最も合理的で自己中心的な行動.他者を守ることこそがわが身を守ることであり,家族〜人類の利益にもつながる” アタリ「良き方向に進むためには,今の状況を生かすしかありません.利他的な経済や社会,つまり私が『ポジティブな社会』『共感のサービス』と呼ぶ方向に向かうために」HK ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」ジャック・アタリ2

NHK ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」

  [Eテレ]  2020年4月11日(土) 午後11:00~午前0:00(60分)

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ジャック・アタリ 1

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/05/27/000500

「緊急時になると前例のない権力を手に入れることがあります.大衆も厳しい政策を支持することがあります.民主主義にとってどのような意味を持つ?」

ジャック・アタリ「安全か自由かという選択肢があれば,人は必ず自由でなく安全を選びます.それは,強い政府が必要とされることを意味します. しかし強い政府と民主主義は両立しうるものです」 

 

ジャック・アタリ 2

(4月1日収録)

 

道傳「このパンデミック中で,差別や分断が以前より目立っているのではないかと懸念しています.それにどうされますか?」

アタリ「エス.連帯のルールが破られる危険性が極めて高い.つまり利己主義です.

経済的な孤立主義が高まる危険性もあります.

他の国に依存すべきではないというのは一面の真実です.例えば,『どうか,エチオピアにマスクを売ってくれ』と中国などに懇願しなくてもすむように.

しかし,だからといって国境を閉ざしてしまうべきではありません.私たちは,もっとバランスのとれた連帯を必要としているのです」

 

Altruism(利他主義.今こそ連帯が必要だというアタリ氏は,これまで,“利他主義”という思想を主張してきました.

今回の危機を受けて,改めて利他主義への転換を広く呼びかけています.

パンデミックという,深刻な危機に直面した今こそ,「他者のために生きる」という,人間の本質に立ち返らねばならない.協力は競争より価値があり,人類は一つだということを理解すべきだ.

利他主義という理想への転換こそが人類のサバイバルの鍵である”

 

危機的な状況の中でも,アタリ氏が選ぶ言葉は,あくまでも前向きです.

頻繁に使われる「ポジティブ」という言葉は,「利他主義」と並ぶキーワードです.

 

道傳「あなたのブログをずっと読んでいますが,その一貫した楽観主義が印象に残りました.例えば『生命万歳』とか,『ポジティブに考えて生きよう』とか.そのポジティビズムや楽観主義はどこから出てくるのですか?」

アタリ「まず,ポジティビズムはオプティミズム(楽観主義)とは異なります.

例えば,観客として試合を見ながら『自分のチームが勝ちそうだ』と考えるのが楽観主義です.

一方,ポジティビズムは,自らが試合に参加して『うまくプレーできればこの試合に勝てるぞ』と考えることです.そういう意味では,私はポジティブであると言えるでしょう.

私は,人類全てがこの試合に勝てると考えています.自分たちの安全のために最善を尽くし,世界規模で経済を変革させていくことができれば,きっと勝てるでしょう.

今の状況は,私が『ポジティブ経済』と呼ぶものに向かうとても良いチャンスだと思います.

ポジティブ経済とは,長期的な視野に立ち,私が“命の産業”と呼ぶものに重点を置く経済です.生きるために必要な食糧,医療,教育,文化,情報,研究,イノベーション,デジタルなどの産業です.生きるのに本当に必要なものに集中することです」

 

道傳「共感と利他主義について語っておられますが,人々がパニックになって買い占めを行ったり,国境を閉鎖したりする中で,利他主義とはどのような意味を持つのでしょうか.

あなたのことを『無私の聖人』のように言う人もいるのでは?」

アタリ「いえいえ,利他主義は合理的利己主義にほかなりません.自らが感染の恐怖にさらされないためには,他人の感染を確実に防ぐ必要があります.利他的であることは,ひいては自分の利益となるのです.また,他の国々が感染していないことも,自国の利益になります.

例えば,日本の場合も世界の国々が栄えていれば,市場が拡大し,長期的に見ると国益につながりますよね」

 

道傳利他主義とは,他者の利益のために全てを犠牲にすることではなく.他者を守ることこそがわが身を守ることであり,家族,コミュニティ,国,そして人類の利益にもつながるのですね」

アタリ「その通りです.利他主義とは,最も合理的で自己中心的な行動なんです.

今回の危機は乗り越えられると思います.薬やワクチンが見つかるかは分かりませんが,いずれ(within some months) 打ち勝てるでしょう.医師ではないので何ヶ月かは分かりませんが.

ただ,長期的に見ると,このままでは勝利は望めません.経済を全く新しい方向に設定しなおす必要があるのです.戦時中の経済では,自動車から爆弾や戦闘機へ,企業は生産を切り替えなければなりません.

今回も,同じように移行すべきです.ただし,爆弾や武器を生産するのではありません.医療機器,病院,住宅,水,良質な食糧などなどの生産を長期的に行うのです.多くの産業で大規模な転換が求められます.

果たして私たちにできるか分かりません.パンデミックの後,人々は再び以前のような行動様式に戻ってしまうかもしれません」

 

道傳「『歴史を見ると,人類は恐怖を感じる時にのみ,大きく進化する』と以前おっしゃっていました.私たちは,まさに今,進化するために,これまでの生き方を見直すべきと思いますか」

アタリ「まさしくそう思います.前進するために恐怖や大惨事が必要だというのではありません.私は破滅的状況は望みません.むしろ,魔法によって今すぐにでもパンデミックが終息してほしいです.

しかし,良き方向に進むためには,今の状況をうまく生かすしかありません.利他的な経済や社会,つまり私が『ポジティブな社会』『共感のサービス』と呼ぶ方向に向かうために.

しかし,人類は未来について考える力がとても乏しく,また忘れっぽくもあります.問題を引き起こしている物事を忘れてしまうことも多く,過去の負の遺産を嫌うために,それが取り除かれると,これまで通りの生活に戻ってしまうのです.

人類が,今,そのような弱さを持たないように願っています.

私たち全員が,次の世代の利益を大切にする必要があります.それがカギです.

誰もが親として,消費者として,労働者として,慈善家として,そして,また一市民として投票を行うときにも,次世代の利益となるよう行動をとることができれば,それが希望となるでしょう.Thank you. Take care」

道傳「Thank you. You too.」

 

世界をリードする知識人たち.

私たちが「同じ時間を生きている」ということを,これほど実感したインタビューはありませんでした.

通底していたのは,今,人類の未来を左右する重要な選択を迫られているという確信でした.

パンデミックに向き合うことは,あるべき未来を,私たち自身が手繰りよせることなのです.