「押さえ込まなければ,短期間で重篤な患者が救えない状況に」「数日以内に東京問題じゃなくなる気がする」「いかにして社会経済活動を維持したまま,この流行を収束の方向に向かわせていくか.都市の封鎖,再開.また封鎖っていうことを繰り返していくと世界中が,経済も社会も破綻」「人工呼吸器,足らないですよ,行動を変えなくていいんですか?」「国からの指示がないと動けないというようなことを言っていると,時間が浪費されていって手遅れに」NHKスペシャル 感染拡大阻止最前線からの報告3

NHKスペシャル 

新型コロナウイルス瀬戸際の攻防—感染拡大阻止最前線からの報告3

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2020年 4月11日(土) 21:00

アナウンサー 合原明子, 国際部デスク 虫明英樹

 

3月下旬,対策チームが怖れていた欧米などからの第二波による感染拡大が現実のものになろうとしていました.

対策チームの分析では,第一波の震源地中国武漢からの感染者は11人,

これに第二波が加わったことで,海外からの感染者が200人以上に増えたとみられていたのです.

押谷(第一波の流行が)完全に収まってはいないところに,第二波が始まってしまったので,第二波は,より厳しい闘いになる.

やっぱり,我々もより強い対策をやらないと,これは乗り切れなくなる」

 

 

対策チームには,羽田空港で,帰国者への検査が追いつかない事態に陥っているという情報が寄せられました.

 

メンバー「昨日はヨーロッパからの帰国者の検査で,空港は崩壊寸前.一日900検体ほど.羽田空港だけでね.成田より羽田の方がたいへんみたい」

押谷「これから,アメリカからの帰国者が入ってくると,成田の方が大変なんですか?」

メンバー「長いし,検査結果でるまで,待機させて待つらしい」

 

電話するメンバー「検査しなきゃいけない待機待ちが900人いるんです.旅行者が.日本が崩壊するぐらいの勢い.

なんとか止めないといけないんですけど.いま,検疫をして,片っ端からPCRなんて負荷が大きすぎて追いつかなくなっている」

 

これは対策チームが国に示した重篤な患者数の予測です.

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年3月19日)の図を代わりに掲載します)

 

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https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000610566.pdf

 

日本の人口十万のある特定地域にヨーロッパ並の大規模流行が起きると仮定しました.

赤い線で示しているのは,使用可能な人工呼吸器の上限です.

第二波を押さえ込まなければ,短期間で重篤な患者が救えない状況に追い込まれる危険性を示していました.

 

第二波への対処に追われていた対策チームに更なる集団感染の情報が飛び込んできました.首都圏各地の病院や福祉施設で,ウイルスが猛威を振るい,施設内で多くの感染者が出ていることが分かったのです.

今村剛朗東北大助教「拭うのに必死で,そもそも拭った患者の属性すら上がってきていないんです.ちょっと今日また属性が出ているかどうか見に行きます」

押谷「あ〜.こうやって医療崩壊が始まるんですよ.多分Asymptomatic Transmission (無症状のままの感染)が起こると全然見えない.

だから,Droplet precoution(飛沫対策)いくらやっても防げない」

 

3月30日

映像 対策室に飾られる志村けん遺影

取材者「志村さんが残念ながらでした」

押谷「なくなった人の顔が見えなかったから.今まで」

 

志村けんさんが亡くなったことが明らかになった3月30日.

対策チームは,新たな事態に直面していました.

押谷「なんか嫌な予感がしてきたよ」

 

東京都が感染爆発の重大国面を迎える中,地方都市にも危機が連鎖し始めたのです.

仙台の飲食店で,感染者が出たと連絡を受けた押谷さん.

店には,およそ300人いたという情報がありました.

押谷「ブリティッシュパブみたいなところに,○○大学の学生がいっぱいいて」

西浦「はい」

押谷「夜の街にも,もしかしたら(ウイルスが)つながっているかもしれない」

 

さらに,新たに感染が報告される地域も増え続け,新型ウイルスの感染拡大は全国規模になっていました.

地方都市は病院の病床も少なく,感染が一気に拡大することは,即座に医療崩壊の危機に瀕することを意味していました.

映像:電話をする押谷さん

押谷「かなりいろんなところに出そうなんですよ.というか,出てるんですよ.明日はもっと出るんですよ.地方が」

 

押谷「このウイルスって,けっこう,こういうのが見えると一気に来るっていう特徴があるので,東京問題だけじゃなさそうな.数日以内に東京問題じゃなくなるような気がする」

 

3月末の時点で対策チームが把握していたクラスターは,14の都道府県26カ所まで増加.その後も状況は悪化していきました.

押谷さんが注視していた仙台市の飲食店でのクラスター.感染者は12人に及んでいます.

飲食店の利用後に夜行バスで他に自治体に移動した感染者がいることもわかり,更なる感染の連鎖が危惧されています.

福井県では,複数の飲食店で,従業員や利用客,その知人など,80人が感染.

岐阜県でも,ナイトクラブに関連する感染者が29人.

そして,北九州市の病院では,医療スタッフなど19人の感染が明らかになっています.

 

西浦「増えているのは確かなんです.それが本当に僕たちの制御できない範囲になるかどうかが,今後の勝負」

 

全国各地で相次ぐ集団感染にどう対処していくのか.対策チームは強い危機感を抱いていました.

 

 

3月31日

国は,対策チームの専門家を,派遣要請を受けた10の自治体に送っていました.

派遣できる人員が限られたチームにとって,限界が近づいていました.

押谷「多くの県で一気にクラスターが突然見えてくるっていう,一気にFETP(専門家)の要請が来るみたいな,そういうイメージを持っているんですけども,毎日新しいことがわかるので,○○危ないよねとか,リアルタイムに分かってくるわけですよね.

だけど,それはなかなか保健所に届いていないので,彼らは何を見ていいか分からない」

 

押谷「これ以上,いろんなところで,次々(クラスターが)起こると,FEPT(専門家)を送れない状態になるので」

 

対策チームには,結成以来,自宅にまったく帰っていないメンバーもいました.人員も慢性的に不足していました.

メンバー「東京とか大阪だけロックダウンしたって,がんがん(そこから)逃げていくだけなんで,結局地域別にやるくらいなら,初っぱなから一気に---」

押谷「やるんだったら,もう緊急事態宣言で外出自粛って言うのが,一番効くかもしれないね」

----

押谷「今後どうするかが問題で,(対策チームの)人が増えないんで,これをみんながやってると破綻するでしょ.

これからどんどん保健所から問い合わせが来る.これ以上,クオリティーの高いデータを出せる気がしない.下がってる一方だよな.考える時間なくなってくるし.なんか,ちゃんとやれる自身が無くなってきた.フッ.もう限界.考える力限界ですよ」

 

 

押谷さんがウイルスとの闘いを続けるのには,理由がありました.

押谷さんは,30年にわたり,アフリカや東南アジアなど,世界各地でウイルスと対峙してきました.

2003年に流行し,世界を震撼させたSARS.

中国広東省で発生した新たなウイルスは,飛行機による人々の移動で,世界中に拡散.

8000人を超える人が感染し,774人が命を落としました.

 

映像;当時の押谷さん台北市の外に,感染はどれ位広がっていますか?」

 

WHOでSARS封じ込めの指揮をとっていた押谷さんは,その過程で,同僚の医師を失ったこともありました.

未知のウイルスの脅威を知る押谷さんは,先の見えない恐怖や不安から人々を遠ざけたいと考えていたのです.

 

押谷「僕らの大きなチャレンジは,いかにして社会経済活動を維持したまま,この流行を収束の方向に向かわせていくかということなので.

都市の封鎖,再開.また流行が起きて都市の封鎖,っていうことを繰り返していくとですね,もう,世界中が,経済も社会も破綻します.

人の心も確実に破綻します.若者は,もう,将来に希望が持てなくなる.次々に,若者が憧れていたような企業はつぶれます.倒産していきます.中高年の人たちは,安らぐ憩いの場が長期間にわたって失われます.

その先に何があるのか.

その先には,もう闇の中しかないわけです.

その状態を作っちゃいけない」

 

 

合原アナ「史上初の緊急事態宣言が出され,新型コロナウイルスとの闘いが新たな局面にはいった日本ですが,対策チームは,これからどのように感染拡大を押さえ込もうとしているのでしょうか」

 

ナレーター

4月2日,東京都では100人近くの観戦者が確認され,予断を許さない続いていました.

東京での爆発的な感染拡大を防ごうと,対策チームは,都の保健部門幹部と連日対応を協議していました.

この日解析された再生算数は1.7.収束の目安となる1から,更に遠ざかるものになっていました.

3蜜と呼ばれる閉鎖空間のリスクが人々に適切に伝わっていないというあせりを感じていました.

 

今村剛朗東北大助教「渋谷のライブハウスでは,少なくともそこの場で5人.少なくとも感染していることが判明していて,このまま感染者数は,今後更に増えることが予想されます」

吉田道彦感染症危機管理担当部長(東京都福祉保健局)「それ(クラスター)を起こさないことに注力した上で,その対策をやっていくとうことが原則だと思っているんですよね.こういうのが聞き入れられない集団が出てくると,一体,どういうふうにそこにアプローチしていったらいいのかって,本当に難しいですよね」

今村「自粛をお願いすることで抑えられない人が一定数いるっていうのは確かで,強制ができないというところの限界でもあると思います」

 

吉田「余り時間的に余裕があるわけではないので,そこはまず感染を広げない.それから医療機関の皆様にはご協力いただいて,多くの患者さんを診ていただける体制を早急に整備したい」

 

 

国にも分析した最新のデータを提供し続けていた対策チーム.

自分たちが抱く危機感と国民の意識の間に大きな溝があるのではないか.SNSを使った直接的な情報発信にも踏み出しました.

 

映像:ツイッター投稿用の映像を撮影中の西浦教授「この右裾の部分に,たくさんの2次感染者を生み出している人がいます.こういった人たちが,クラスターを形成するんですね.欧米で実施されているような----」

 

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新型コロナクラスター対策専門家 (@ClusterJapan) | Twitter

 

対策チームの中で,積極的に危機意識を伝えようとしていたのが,数理モデルが専門の西浦博さんでした.

欧米に比べ,数理モデル感染症対策に十分に生かされてこなかった日本.西浦さんは海外の大学などを渡り歩き,研究を続けてきました.対策チームに加わるにあたって,西浦さんは海外の研究者仲間から,一つの忠告を受けていました.

 

「一つのデータが,国民10万人の命に関わる.その覚悟でやれ」

 

西浦さんは,自分が示すデータが,人の命に直結するという,重い責任を痛感していました.

 

西浦「近未来っていうのが,専門性のせいで,自分は定量的にある程度分かります.

流行がこんなに悲惨なものになりますよ.

集中治療,特に人工呼吸器,足らないですよ,とか.

日本でも,何十万人ぐらいの死亡者数が,簡単に見込まれますよ.

という話をしっかりとお伝えして,その上で,

今,行動を変えなくていいんですか?

長期持続可能な行動に変えませんか?

って呼びかける義務が,僕にはあるんだろうな,と」

 

東京などの都市部での感染拡大に危機感を強めていた対策チームは,さらに強固な防止策を提示することにしました.

 

“人と人との接触を通常より8割減らす”

 

より強い行動変容を促すことにしたのです.

西浦さんが数理分析したシミュレーションです.人との接触を2割減らしただけではオーバーシュートを防ぐことはできません.

しかし,人との接触を8割減らせば,10日後から2週間後に感染者数がピークを迎え,その後,急激に減少させることができると分析したのです.

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 新型コロナクラスター対策専門家 (@ClusterJapan) | Twitter

 

西浦「例えば,一日で,10人の人と会うとすると,その会うヒトの数を二人に,流行期間中は減らせませんでしょうか.皆で頭を使って,頭の体操をしながら,どうやってこれが達成できるのかを考えていきたいと思います.」

 

そして,史上初の緊急事態宣言が出された今週.

対策チームの専門家たちは,情報発信を更に強化しようとしていました.

西浦さんは人との接触を8割減らした場合の効果について,数式を使って丁寧に説明しました.

押谷さんも,行動変容を直接呼びかけました.

 

ツイッター映像;押谷「このウイルスは,非常に制御することが困難なウイルスです.一方で,人と人との接触の機会を減らせば,流行を急速に抑制の方向に向かわせることができるということも分かってきています」

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 新型コロナクラスター対策専門家 (@ClusterJapan) | Twitter

 

現在,そして未来の危機を,どう克服していくのか.

未知のウイルスとの闘いが,今も続いています.

 

西浦今までの生活が帰ってくるかどうか.というと,その保障は,すぐ近くの未来,一年以内にはありません.ただし,ものすごく自粛しないといけない,緊急事態宣言下の生活がずっと続くかというと,そういうことでもないです.

社会経済活動が停止しない範囲で,でも一方で,二次感染が起こるハイリスクな環境,特に屋内環境を避ける手段をみんなで,可能な限り考えた上で,クラスター対策の第2弾みたいなものを,感染者が減ったところでスタートする.

それができれば,うまくこの流行と付き合いながら,ゴールが見えてくると思ってるんです」

 

 

合原アナ「VTRでは,病院とか福祉施設での集団感染,そして,地方へ感染が拡大していく様子に対応している皆さんの姿というものも描かれていましたけれど,今,感染が広がっている現状の危機感というものを,押谷さん,どのようにお感じになっていますか?」

押谷「非常に厳しい状況にあると思っています.特に,私が最初から懸念していた,集中治療の限界を超えて,救える命が救えなくなる.そういうことが東京などの地域では,現実のものとなりつつあります.

緊急事態宣言が出て,で,その対策の効果が見えてくるのが,後10日以上先の話です.

で,その間に,感染者はまだ増えるという可能性が非常に高い.そういった地域では,早急に医療体制をどうやって整備していくかということが,非常に大きな課題になってくると思います.

一方で,日本がこのウイルスを急速に収束させる方向に向かわせるという希望も出てきています.

実際に,幾つかの地域では,医師会,医療機関自治体,一般の人たち,というようなところが,連携して,このウイルスを克服しようというような動きも出てきています.

私たちは,このウイルスを克服するカギは地域力だと思っています.

そういった地域では,早期にウイルスを収束させる可能性が出てきています.

ただし,自治体の連携に時間がかかるとか,国からの指示がないと動けないというようなことを言っていると,時間が浪費されていって,手遅れになる可能性がある.

平時の考え方をいち早く脱却して頂いて,この未知のウイルスにいかに立ち向かっていくのか,ということが必要なんだと思います」

 

虫明デスク押谷さん,緊急事態宣言によって,一度抑えられたとして,長期的には日本の今後はどうなると見ていらっしゃるんでしょうか.

押谷「私も,当初はですね,非常にこの暗闇から,ほんとに抜け出す道はあるのか,という風に思っていました.

実際に,世界の幾つかの地域では,武漢のような状況になって,非常に苦しい状況になっています.ただし,世界のそういった地域では,非常に大きな犠牲を払いながら,このウイルスを封じ込めようとしている.世界が同じ方向を向いていけば,世界中でいったんはこのウイルスを収束の方向に向かわせることができます.

そうなれば,社会活動を,世界中で少しずつ元に戻していく.そういう希望も出てきています.

世界がいかにして連帯してこのウイルスに立ち向かっていくのか.ということが必要なんだと思います」

 

虫明デスク「私たちがこれからこのウイルスを克服していくために,何が求められているんでしょう」

押谷「このウイルスは,非常に封じ込めることが難しい.そうすると,このウイルスと,ある程度,一定期間,つきあっていく.ただし,今日本で起きている第二波のような流行は,絶対に起こさない.

実際に,多くの感染者が,なんのマークもされずに入ってくるという事態は,今後は起こらない.だから,この第二波は,いかにして早く収束させて,そういう状況に持って行けるかというのが,今後の一番のカギなんだと思います」

 

虫明デスク「ありがとうございました」

合原アナ「今日は,厚生労働省クラスター対策班のメンバーで,東北大学大学院教授の押谷仁さんにお越し頂きました.押谷さん,今日は本当にお忙しい中,ありがとうございました」

押谷「ありがとうございました」