葦になったシュリンクス3 転身物語では,牡牛になったイオ(イーオー)の物語の挿話として語られたものですが---,その前には,アポロ(アポローン)の最初の恋人ダプネ(ダフネ,ダプネー)の物語が配置され,巧みにつなぎ合わせれて展開していきます.なお,この二つの物語に出て来る主要な主人公2人,ダプネ(ダフネ,ダプネー)とイオ(イーオー)は,ともに河神の娘,すなわちナーイアス(ナイアド)ニンフ.転身物語の第一巻八と九は,ダプネ,イオ,シュリンクスと3人のニンフが続けて描かれている物語!

一昨日・昨日とりあげた“葦になったシュリンクス”.

(葦になったシュリンクス1,2  

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/01/28/234613 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/01/29/235000 )

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Syrinx - Wikipedia

転身物語では,牡牛になったイオ(イーオー)の物語の挿話として語られたものですが---

章の表題では,独立した話のように扱われています.

 

転身物語 第一巻九 “牝牛になったイオ 百眼のアルグス 葦になった妖精シュリンクス”

(田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院 巻一 九).

 

葦になったシュリンクス3

転身物語は,大筋の物語の進行によどみなく異なった逸話をつなぎ合わせている所に,オウィディウスの力量を感じさせる叙事詩

牝牛になったイオの物語も,前の物語の流れを受けて展開し,さらにシュリンクスの物語を挟み込むという章立てになっています.

今日は,その展開の妙をたどってみることにします.

 

 

転身物語 第一巻九の前には,アポロ(アポローン)の最初の恋人ダプネ(ダフネ,ダプネー)の物語が配置され

;巻一 八“月桂樹になったダプネ”,

アポロが月桂樹に変身したダプネに語りかけて終わっています.

 

田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院

巻一 八“月桂樹になったダプネ” より

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Daphne - Wikipedia

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「お前を妻にすることはできなかったが,せめてわたしの木になっておくれ.

おお,月桂樹よ.いつまでもわたしの髪,わたしの琴,わたしの箙(えびら 矢をいれておく道具)が,お前をつけておくことにしよう.よろこばしげな声が勝利の歌をうたい,カピトリウムの丘(ローマ七丘の主丘)が凱旋行列を眼にするたびに,おまえはローマの将軍たちの額をかざるのだ.

また,おまえは,アウグストゥス帝の宮殿のまえに忠実な守護神として立ち,その中央にかけられた槲(かしわ)の冠をまもるのだ.そして,いちども刈ったことがないわたしの髪がいつまでも若々しさをたもっているように,おまえもいつも梢の粧いを落とさないであろう」

 アポロがこう言いおわると,月桂樹は,できたばかりの枝でうなずき,かすかに頭を動かしたように見えた.

 

ダプネはアポロの求めを拒絶し逃げ,最後は月桂樹に変身して終わりますが,アポロは,最高の栄誉を与えて報います.

“月桂樹は,できたばかりの枝でうなずき,かすかに頭を動かしたように見えた.”という一文で,読者も救われ,月桂樹に変身したダプネが必ずしも不幸ではない,むしろ納得し喜んでいるようにような余韻を残します.

 

田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院

より

九 牝牛になったイオ 百眼のアルグス 葦になった妖精シュリンク

 ハエモニア(テッサリア)の地に,けわしい森山に周囲をかこまれた一つの木立があり,テンペと呼ばれている.ピンドゥス(テッサリアの高山)の山麓に源を発するペネウスの流れが,泡だつ水をここに流している.たぎり落ちる巨大な滝からは,水煙が濛々とたちこめ,木々の梢に飛沫をふりかけ,轟々たるどよめきは,四周の地を遠くまで圧している.

これこそは,偉大な河神の宮殿であり,家であり,住居であった.

河神は,岩間につくられた洞窟に座し,流水や,水に棲む妖精たちににらみをきかせていた.

ここへまず集まってきたのは,この土地のすべての河川の神々であったが,かれらは,ダプネの父に祝辞をのべてよいのやら,慰めの言葉をかけてかけてよいのやら,わからないのであった

-----中略

 ただ,イナクス(イーナコス)の姿だけ見えない.この気の毒な河神は,その洞窟の奥にひっこんで,涙で河の水嵩(みずかさ)を増し,娘のイオをすでに亡きものとおもいこんで悲嘆にくれているのであった.イオはまだ生きているのか,それとも,すでに亡霊の国にいってしまったのか,そのどちらともわからないけれど,どこをさがしても見つからないので,すでにこの世にいないとおもい,最悪の事態を覚悟しているのだった.

ところが,真相はこうなのだ.

ある日,ユピテルは,イオが父の流れから帰ってくるのを見て,「おお,ユピテルにふさわしい乙女よ,その臥所(ふしど)によって男を幸福にする娘よ,あのふかい森の木陰に来るが良い」

-----中略

「お待ち.逃げるのじゃない」

—というのは,イオはすでに逃げだしていたのだ.そして,すでにレルナの草地をすぎ,樹々の多いリュルケアの野を越えたいったところで,神は行く手の広い土地を黒雲でおおい,かの女の逃げ足をとめ,その純血をうばってしまった.

 一方,女神ユノ(ヘーラー)がふとアルゴリスのまん中あたりを見おろすと,にわかに起こった雲があかるい昼間だというのに地上に夜をつくりだしているにおどろいた.しかも,よく見ると,その雲は,河から起こったものでもなければ,じめじめした大地から湧いたのでもなさそうであった.

すでにいくどか現場をおさえて良人の不実をよく知っていたユノは,あたりを見まわして,良人の姿を探した.天上のどこにもユピテルがいないのをたしかめると,「わたしの考え違いでなければ,わたしはまたもやうらぎられたのだわ」

-----後略

 

ユノが来ることをあらかじめ知ったユピテルはイオを牝牛に変えてしまいます.

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Io (mythology) - Wikipedia

しかし,ユノは,何食わぬ顔でその牝牛をプレゼントしてほしいと頼み,手に入れ,ユピテルの更なる不実を怖れて百眼のアルグス(アルゴス)に番させたのです.

アルグスが眠りにつくのは二つの眼だけで,それ以外のすべての眼は不寝番につくことができました.

このアルグスが番をする所へやって来たのが,イオを盗むことをゼウスに命じられたメルクリウス(ヘルメース).

アルグスを眠りにつかせるために,“葦になったシュリンクス”の物語を語りきかせ始めます.

 

 

 

以上の物語に出て来る主要な主人公2人,ダプネ(ダフネ,ダプネー)とイオ(イーオー)は,ともに河神の娘,すなわちナーイアス(ナイアド)ニンフ.転身物語の第一巻八と九は,ダプネ,イオ,シュリンクスと3人のニンフが続けて描かれている物語!

イオは,兄ポロネウスがアルゴス王のため,王女でもあり,また,牛からよみがえった後にはエジプトの支配者になり,イシス(エジプトの豊穣の女神)と同一視されるようになったとのことですが---.(田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院 巻一 九)

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