SNSは「正義の言葉」であふれるようになった.学習を経て『正義の言葉』にたどりついた // 「ローカルな人たちは,自分の価値観や利益が脅かされることに不安だから凶暴化している.だけど,この逆風は主流じゃないと信じています.一昔前の男子中学生の象徴は坊主頭でしたが,今は違う」//あらゆる物事には深刻さと滑稽(こっけい)さが同居していると考えているので //鴻上尚史さんに聞く 「息苦しいこの国」で生き抜くには 世界はいい方向に進んでいる  毎日新聞

毎日新聞 特集ワイド

作家・演出家 鴻上尚史さんに聞く… 「息苦しいこの国」で生き抜くには 

世界はいい方向に進んでいる  「ローカルな人たち」は凶暴化 

毎日新聞2019年10月28日 東京夕刊

 

 作家・演出家の鴻上尚史さん(61)は,ギャグに満ちあふれた芝居やエッセーなどを通じ,時事問題にも切り込んできた.近著では「世間」や「空気」に縛られて息苦しいこの国で,生き抜くための処方箋を示す.現代の日本は,その目にどう映っているのか.新作舞台などから「鴻上ワールド」をのぞいてみた.【沢田石洋史】

f:id:yachikusakusaki:20191103102646j:plain

 鴻上さんがツイッターの書き込みを検索していたとき,「おっ」と注目した言葉があったという.

<ストリートライブは道交法違反です>.誰にも否定されない「正義の言葉」だ.「もし逆に<路上ライブを認めてやれよ>と書き込めば,<あなたは法律違反を擁護している>とたたかれる」.ここ1,2年でソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は「正義の言葉」であふれるようになったとみる.

 

 「スマートフォンを持った当初,人々は映画のうんちくなどを書き込んでいました.しかし,気取って感想を述べても,上には上がいて,否定されたり,炎上したりします.

そうした学習を経て『正義の言葉』にたどりついた.米国でも同じような現象が起き,ソーシャル・ジャスティス・ウオーリアー(社会正義戦士)と呼ばれています」

 

 スマホが普及して人々が「社会正義」を振りかざし「クレームの時代」に突入した――.

11月に公演が始まる新作舞台「地球防衛軍 苦情処理係」は,そんなアイデアから生まれたという.こんなストーリーだ.

 

 異星人や怪獣の襲撃を受けるようになった近未来,人類を守るために地球防衛軍が創設される.しかし,怪獣との戦いで発射したミサイルが街を破壊すると,住民から「弁償してほしい」といったクレームが相次ぐ.苦情処理係は「人類のために活動しているのに,なぜ文句を言われなければならないのか」と悩む.そこへ,「ハイパーマン」と名乗るヒーローが現れ…….

 

 「SF仕掛けにしたのは僕のテイストです.現実の生々しさを消すことができる.登場人物は『正義とは何か』を模索しますが,エンターテインメントでもあります.僕はウルトラマンを見て育った世代なので,リスペクトを込めてハイパーマンというキャラクターを登場させました」

 

 鴻上さんの書く芝居は,時事的な題材を扱ったり,政治的なキーワードをちりばめたりしても,正解のようなものを示さない.観客を一定の方向に誘導しようともしない.扱うテーマは重いのに,笑いを誘うことにこだわっているようにも見える.

例えば,2012年に初演され,16年に再演された「イントレランスの祭」.ヘイトスピーチをテーマにした芝居だが,登場したのは「地球に押し寄せてきた宇宙人の難民」だ.彼らとの共生はできるのか――との設定でドタバタ喜劇が展開される.

 

 こうした発想は,どこから生まれるのだろうか.

「人生って,悲劇でありながら同時に喜劇でもあると思っているんです.

例えば,人生に絶望して死のうと思った瞬間,パソコンのハードディスクに入っているエッチな画像を死後に見られたらどうしようかと考える.あらゆる物事には深刻さと滑稽(こっけい)さが同居していると考えているので,笑いは『芝居に必然』なのです」

 

 鴻上さんは「週刊SPA!」に1994年から「今,自分が何を考えているか」をテーマにコラム「ドン・キホーテのピアス」を書き続けている.連載は実に1000回を超す.

扱うテーマは身辺雑事から時事的なトピックまで幅広い.コラムを収めた最新の単行本「ドン・キホーテ走る」(論創社)を読んで,記者には気付いたことがある.

報道の自由が脅かされている現状や,原発問題などを取り上げても,自身の信条をことさら主張せず,問題提起に徹する姿勢が際立っているのだ.なぜか.

 

 「残念なことに,SNSの世界では敵か味方かをすぐに分類されてしまう.じっくり時間をかけて相手を分析するより楽だからです.

そして『敵』に分類されると,何を書いても反発される.だから,『敵か味方か分類しにくい』といった立場に身を置き,自分の考えを発信する.そうすると『ちょっとだけ聞いてみるか』と耳を傾けてくれるかもしれない」

 

 例えば「『圧力』と『原発』と名作映画」と題したコラムは,テロリストが全国の原発廃棄を要求する映画「天空の蜂」(15年公開)を評価する.鴻上さんはこう書く.

<反原発のキャンペーン映画だったら,僕は興奮しません.それは,ただの政治宣伝です>.その上で,原発関連施設で働く技術者の「誇り」をきちんと描いていることをたたえる.そして,テレビやスポンサーが扱おうとしない題材に出演した俳優らの決断を評価する.つまり,敵味方の立場を超えたメッセージになっている.

 

 では,どんな社会を理想とするのか.鴻上さんに聞くと,こんな答えが返ってきた.

 

 「僕は,世界はいい方向に進んでいると思っています.

ローカルで『逆風』が吹いていますが,性的少数者(LGBTQなど)が認知されるようになったし,『#MeToo運動』もそうです.大きな潮流では個人の尊厳と自由,多様性を尊重する方向に世界は進んでいます」

 

 「逆風」については,ナショナリズムをあおる幾つかの国の指導者を想起させるが,鴻上さんは名指しをしない.

 

 「ローカルな人たちは,自分の価値観や利益が脅かされることに不安だから凶暴化している.

だけど,この逆風は主流じゃないと信じています.日本でもそうです.一昔前の男子中学生の象徴は坊主頭でしたが,今は違う.選択的夫婦別姓はまだ認められていませんが,川下に水が流れるように,個人が自分の姓とナチュラルに向き合える時代になっていくはずです」

 

 多様性が尊重されるようになっても,日本には同じように行動するよう求める「世間」や「空気」が依然存在するという.

近著「『空気』を読んでも従わない」(岩波ジュニア新書)では,英ロンドンで97年から1年間演劇修業した経験などに基づき,どうすればこの国で生きることが楽になれるかを指南する.

 

 「例えば,帰国子女の女の子が学校に派手な服を着て行って,いじめられたとします.日本には同調圧力があるので,少女は日本というシステムそのものに直面している.このような大ボスと『闘え』と一方的にアドバイスするのは無責任です」.

ならば,どうすれば? 

「学校では,みんなと同じような服を着て,放課後に着たい服を着る.『その服,いいね』と認めてくれる仲間が一人でも増えたら,世間は少しずつ変わっていきます」

 

 中学,高校,大学と演劇を続け,22歳で劇団「第三舞台」(81~2012年)を旗揚げし,独自のスタイルで「日本というシステム」とも闘ってきたのが「鴻上ワールド」のようだ.

原動力は何だろうか.

「観客が劇場に入るときより,出るときに元気になってほしいというのが第三舞台からの変わらぬ思いです.僕自身,くじけそうになることがある.苦しい時代ではあるけれど,みんなで楽しく生きていきましょう,という思いかな」と締めくくった.

 

 ■人物略歴

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)さん

 1958年,愛媛県生まれ.早稲田大法学部卒.新作舞台「地球防衛軍 苦情処理係」は11月2~24日,東京・紀伊国屋サザンシアターTAKASHIMAYA,11月29日~12月1日,大阪・サンケイホールブリーゼ

mainichi.jphttps://mainichi.jp/articles/20191028/dde/012/040/002000c?cx_cp=nml&cx_plc=bnr&cx_cls=newsmail-digital_article

f:id:yachikusakusaki:20191103102933j:plain