風の中に
土の匂いに
もういちど 日本を見つける
私を見つける
新日本風土記「ビール」
https://www4.nhk.or.jp/fudoki/5/
http://www.nhk.or.jp/fudoki/backnumber/
暑い夏 「この誘惑には勝てない」「負けちゃおう」
皆さんが今日も----.
「カンパ〜イ!」
そう,ビール.
歴史と伝統を誇るビール会社.商売繁盛は,まず,神頼みから.
恵比寿にある2つの「恵比寿神社」(東京都渋谷区) - 東京御朱印マップ
「明治27年に兵庫県西宮神社さまから,ご分霊を頂きまして,商売繁盛,会社の繁栄を願っております」
神社が建てられたのは,ビール産業の黎明期.以来,120数年,月の初めに参拝するのが習わしです.
創建当時の姿を伝える写真.
https://wakasugi123.com/2349.html
シャッターを切ったのは,最後の将軍・徳川慶喜でした.
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新しもの好きだったことで知られる慶喜.ビールは文明開化の味がする特別な飲物でした.
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それが今では.
「おいしい味です」「もう,ビールが楽しみで働いてる」
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各地にある小規模の醸造所も注目を集めています.
その数は,ここ5年で倍増.
今や400を超えます.
地ビールからクラフトビールと呼び名を変え,コンビニにもコーナーができる人気ぶり.
「地元の方にふだんから飲んでもらえるビールにしたい」
生まれ育った町を出て,ホップ作りに人生を懸ける若者も.
「ビール好きだから.ハハハハ」
いつもどこかで,冷たくなって私たちを待っていてくれる.
こころ潤す琥珀色の泡立ち.
「カンパ〜イ」
日本人とビールの物語です.
https://www.hokkaidolikers.com/articles/3619
北の大地に乾杯
彩り豊かな北海道の実り.
中でもひときわ目を引くのが,この黄金色の輝き.(北海道上富良野町)
https://www.hokkaidolikers.com/articles/3619 ビールの“中身”を見せてください vol.1:【準備編】国産麦の基礎知識
ビールづくりに欠かすことのできない二条大麦(ビール麦)です.
「きれいですね.僕ら毎年作っててもきれいだと思います.これだけは.はい.きれいですよね.ほんとに」
「今年はかなりいいと思いますよ」
「大自然ですからね.ここはね.ほんとに,いいとこですよ」
松田真澄さんは,農家の4代目.
曾祖父が四国からこの地に入植したのは,今からちょうど100年前,大正8年のことでした.
「かなり山が多かったんでしょうね.もちろんね.入ってきたときはね.それもみんな馬で,もちろん,畑を切り開いたみたいですね.
松田さんの御両親です.
「この間,16日で90歳になったの」
父信市さん,90歳.
「ハハハハ,おかげさまで」
取材者「ビール麦作ってきたんでしょ?」
「昔からね.私の親の代からずーっと」「苦労話は,聞かされてますけど,朝もはよからやったとか.あの,奥の方にね,小屋を作ってね.そこに寝泊まりしたこともあるとかという話は聞いてますね」
取材者「ビールとは縁が深いですね」「まあそうですね」
「ビールはお好きですか?」「はい,やっぱり,ビールは,おいしいですよね」
北海道の開拓とビール
明治新政府は,国力増強のためには,北の開発が不可欠と考え,北海道に行政機関・開拓使を置きます.
シンボルマークは五稜星.
https://pucchi.net/hokkaido/ishisora/201709siaf-design.php
船で北を目指す時の道標(みちしるべ)となった北極星を表しています.北海道庁の旧庁舎や,時計台にも掲げられた希望の星.
http://www.sapporo.travel/find/culture/clock_tower/
開拓使は西洋式農業を導入して,集団移住を推し進めました.
大麦やホップの栽培が始まり,やがて開拓使麦酒(ビール)醸造所がつくられます.
https://www.sapporobeer.jp/brewery/sapporokaitakushi/img/main1_pc.jpg
明治9年のことでした.
その立役者が,日本人初のビール醸造技師中川清兵衛です.
商品背景 | 新潟限定ビイル 風味爽快ニシテ | サッポロビール
ドイツベルリンのビール工場で本場の技術を身につけました.2年に及ぶ修行を終え,受け取った証書が残されています.
「『優れた知識を習得し.ヨーロッパにまで来訪した目的を達成した』というふうに書かれています.ここですね.『セイベイ ナカガワ』って書いてますね」
北の大地で始まった日本人の手によるビールづくり.
1877年 冷製「札幌ビール」発売 | 歴史・沿革 | サッポロビール
寒冷な気候が,低温で発酵・熟成させるビールにちょうどよく,北海道を代表する産業に成長していきました.
開拓使の廃止後,経営は民間の手に渡り,今に受け継がれています.