「空白の1年,その意味」
メジャーリーグで,84年間破られなかったシーズン最多安打の更新や,前人未踏の10年連続200安打など,数々の栄光に彩られてきたイチロー選手.
現役生活を振り返って,最も誇るものは何かと聞かれた答えは,意外なものでした.
シリーズイチロー選手引退の舞台裏.今日は唯一無二のヒーローが,最後にたどり着いた境地に迫ります.
第7回 5月3日(火)
ワースポ×MLB - NHK N,Mamizuka on Instagram: “ワースポ×MLB出演者の皆様と! #山本萩子 #牧野真莉愛 #小早川毅彦 #黒木知宏 #ベースボール&スポーツクリニック #野球医学 #野球医学の教科書 #馬見塚尚孝”
3月21日
https://merushi.net/2019/03/21/
試合後.
Ichiro, always a master of timing, gets it right again with his retirement | The Seattle Times
その絶望は,体験したイチロー以外には分からないだろう.
イチロー「去年5月以降,ゲームに出られなくなって,それでもチームと一緒に最後まで練習を続けた.
そのことがあって,今日があると言えると思うので,あの体験は,少しだけ誇れることかなと思う」
イチローが語った,あの体験とは.この1年,一体,何があったのか.
去年,キャンプが始まっても,イチローは所属先が決まらなかった.
ようやく落ち着いたのは,3月.迎え入れたのは,古巣,マリナーズだった.
このとき,イチローは,覚悟を決めた.
イチロー「今,マリナーズが必要としていること.僕が,それに,そこに,力になれるのであれば,何でもやりたい.僕が今まで培って来た全てをこのチームに捧げたい.そういう覚悟です」
開幕こそ,メジャーで迎えたイチローだったが,5月には会長つき特別補佐(Special assistant to the chairman)に就任.登録選手から外れることになった.
試合には出ないが,練習は続ける.
前代未聞のチャレンジは,なぜ始まったのか.
スタントンさん(マリナーズ会長 the majority owner of the Seattle Mariners )
John W Stanton - Alchetron, The Free Social Encyclopedia
「日本で開幕戦を行うことは,あの時点では発表されていませんでしたが,実は5月の時点でわかっていたのです.イチローは,マリナーズに残留することを希望しました.日本での試合に出たいと考えたのでしょう」
ディビッシュ記者(シアトルタイムス)
oin Ryan Divish on Facebook for a live Q&A ahead of the Super Bowl | Seahawks Blog | Seattle Times
「会長つき特別補佐という発表があったとき,彼が日本遠征に帯同し,望めば出場機会が与えられることをオフレコで聞いていました.
だから,彼は練習を続けたのです.
せいぜい2週間だと思ってました.日本でもシアトルでも,その気になれば1人で練習できたはずです.でも,彼は毎日チームと行動を共にすることを選びました.1人よりも仲間と一緒がいいと考えたんでしょう」
全てをチームに捧げたいと語ったイチロー.試合に出なくなってから,二つのことを考えていた.
一つは,もちろん,メジャーの舞台に戻ること.契約では,日本での開幕カードが最後と決まっていた.イチローは,過去のどんな年よりもバットを振った.この状況を打破するために.
もう一つは,チームの力になること.再建途中で,若い選手が多いマリナーズ.打撃投手を務め,アドバイスするなど,育成に協力した.
スタントンさん(マリナーズ会長)「監督やGMと一緒にイチローの意見を聞いたこともあります.彼は経験豊富です.マリナーズだけでなく,ヤンキースやマーリンズ,そして,日本でもプレーしました.彼の視点はユニークで,とても役に立ちました」
今年のキャンプ.イチローは並々ならぬ決意で臨んだ.
しかし,結果を出せなかった.
ディビッシュ記者(シアトルタイムス)「キャンプで4割打ったら,引退は考えなかったでしょう.しかし,オープン戦はケガもしていないのに,不調でした.受け入れがたい現実だったと思いますが,引退の気持ちは固まったのかもしれません」
ディー・ゴードン「練習と試合は全く違う.イチローは1年も実戦から離れていた.大変だったと思う.本当に長い期間だった.よくやったと思うよ」
3月21日 開幕第二戦.
野球人生が終わりを迎えたこの日,イチローは,この1年の意味を知った.
イチロー「つらいこと,しんどいことから逃げたいと思うのは,まー当然のことなんですけど,その体験は,未来の自分にとって,大きな支えになるんだと,今は思います」
孤独な戦いの果てに,たどり着いた境地.
東京でのたった2試合のために戦い続けてきた日々は,彼が成し遂げたどんな記録にも負けない,大きな勲章となった.
イチロー「今日のこの----,あの舞台に,立てたことは, 去年の5月,以降,ゲームに出られない状況になって---- それを,最後まで成し遂げられなければ,今日のこの日はなかったと思います.あの日々は,ひょっとしたら,誰にもできないことかもしれない,というふうな,ささやかな誇りを生んだ日々,だったんですね.どの記録よりも,自分の中では,ほんの少しだけ,誇りをもてたこと,というふうに思います」
Scenes from inside the Tokyo Dome: Ichiro’s final game with the Mariners | The Seattle Times