フジ5 古事記でハルヤマノカスミヲトコが藤の花が咲いた弓矢を立てかけた「厠」は,古代,「異界から神が依りつく場」「人と神(おそろしきもの)とが交わる場」とされていました!「その花の咲いた弓と矢をおとめが入っていった厠(かわや)の戸に掛けておいたのじゃ. そうすると,出てきたイヅシヲトメはその花を見て心引かれ,手に持って家に入ろうとする時に,カスミヲトコは花に包まれた姿で,おとめの後ろに付いて行き,そのまま屋(や)の中に入ったかと思うと,すぐさまおとめを抱いてしもうた」 植物をたどって古事記を読む(6) 

古事記人代篇其の五の物語では, 

イヅシヲトメを妻にしようと,ハルヤマノカスミヲトコがおとめの家に着くと,着ていた着物と持っていた弓矢は藤の花で覆われます.

着物は藤蔓(ふじづる)で織り縫ったもので,弓矢は藤蔓でつくられたものでした. 

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/05/06/000500 

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/05/07/000500

 

 

f:id:yachikusakusaki:20190505030614j:plain

「それでハルヤマノカスミヲトコは,その花の咲いた弓と矢をおとめが入っていった厠(かわや)の戸に掛けておいたのじゃ.

そうすると,出てきたイヅシヲトメはその花を見て心引かれ,手に持って家に入ろうとする時に,カスミヲトコは花に包まれた姿で,おとめの後ろに付いて行き,そのまま屋(や)の中に入ったかと思うと,すぐさまおとめを抱いてしもうた」(三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋

 

この部分を,初めて読んだとき,

「藤の花に包まれて近づいて,すぐに抱いてしまうなんて,古事記の世界は,美しくもあり,またずいぶんとおおらかでもある世界」

と思ったものでしたが---

 

三浦祐介氏の解説によれば,その前にある,

「おとめが入っていた『厠』」という描写にも,古代の人たちが感じ取っていた神話の世界が反映しているとのこと.

 

厠の戸に(三浦祐介著 口語訳古事記[完全版] 訳註)

セヤダタラヒメは,厠の中にいる時にオホモノヌシが変身した丹塗矢(にぬりや 丹や朱で塗った矢)をホトに刺され(神代篇,其の七),オホウスは厠に入っている時に弟のヲウスに捕まり,手足を引きちぎられて殺された(其の三)

女も男も,厠に入っている時がもっとも危険であった.それは,厠が無防備な特殊な空間であったことを示している.

厠は,川の上に掛けられた小屋なのでカハヤ(川屋)というが,それゆえにヤセダタラヒメの神話のように,異界から神が依りついてくるのである.

また,川の上に掛けられていない場合でも,厠は母屋などの建物の外に設(しつら)えられており,そこは外部との境界である.

それゆえに,人と神(おそろしきもの)とが交わる場所だと意識されているのである.

このことは,以前,子供たちの間ではやった学校の怪談の主要な舞台の一つが学校のトイレであるところにもみてとれる.

 

 

厠は人と神(おそろしきもの)とが交わる場!

「神」をいたるところで感じる世界では,厠をこのようにみなすのだろうなと思い,理解できる気もします.

これが,学校の怪談とつながる感覚とは全く気づきませんでしたが,思い起こせば,確かに子供ころ,夜のトイレは怖かった--- .子供の気持ちは,古代人の心に通じるのでしょうか.

 

そして,厠を,「外部との境界であって,この世と異界が交叉する場」とみなすのは,民俗学では確立された見方のようです.

 

精選日本民俗辞典(吉川弘文館)によれば,

日本各地には,厠神(便所神)の信仰があり,供え物をしてまつる風習が残っているとのこと.多くの信仰要素を含んだ神ですが,産婦や生児を守ると考えているところが多いそうです.

この神と,三浦氏が上記の訳註で記した内容は,繋がりが薄いように思いましたが----

厠神(便所神)は「便所というこの世と異界が交叉する特殊空間にまつられた」神という説明がありました.

 

 

再掲

古事記 人代篇 其の五

 三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋 より

f:id:yachikusakusaki:20190505030732p:plain

今ひとつ,ホムダワケの大君(*応神天皇)の御代の出来事として伝えられておることがあるのじゃ.これも大君との繋がりをたどりにくい伝えでの,ここで語ってよいものかどうか迷うておるのじゃが,そう聞き伝えておるので,ここで語っておこうかの.

 この伊豆志の八前(やまえ)の大神の娘に,名はイヅシヲトメという神が坐(いま)した.

うるわしい女(め)の神での,

八十(やそ)の男(お)の神たちがこのイヅシヲトメを妻にしたいと思うていたのじゃが,みな断られてしもうて手に入れることはできなかったのじゃ.

ここに二(ふた)りの神がおった.兄の名はアキヤマノシタヒヲトコ,弟の名はハルヤマノカスミヲトコじゃ.

あるとき,その兄が弟に向こうて,

「われはイヅシヲトメに妻問(つまど)うたけれども,妻にできなかった.そなたは,このおとめを妻にできるかい」と言うた.すると弟は,そんなことわけもなくできますよ」と答えたのじゃ.

それを聞いた兄は,

「もしも,そなたがこのおとめを得ることができたならば,われは,上も下も衣を脱いで裸になって酒作り人となり,わが身の丈(たけ)と同じほどの大きな瓶(かめ)から溢れるほどに,祝いの酒を醸そうではないか.

また,山や河の幸をことごとく設(しつら)え備えて,それらを賭けの品として差し出そうではないか」

と言うた.

それで弟は,兄の言うたとおりに細かく母に申し上げると,すぐさま母は,藤の蔓(つる)を集めてきて,一夜(ひとよ)のうちに,その藤蔓(ふじづる)で,衣と褲(はかま)と下沓(したぐつ)と沓(くつ)とを織り縫うての,

また,弓矢も藤の蔓(つる)で作り,その衣や褲(はかま)を着せて,その弓と矢を持たせて,イヅシヲトメの家に向かわせたのじゃった.

すると,おとめの家に着くや,着物と弓矢には藤の花が咲いての,すっかり花に覆(おお)われてしもうたのじゃ.

それでハルヤマノカスミヲトコは,その花の咲いた弓と矢をおとめが入っていった厠(かわや)の戸に掛けておいたのじゃ.

そうすると,出てきたイヅシヲトメはその花を見て心引かれ,手に持って家に入ろうとする時に,カスミヲトコは花に包まれた姿で,おとめの後ろに付いて行き,そのまま屋(や)の中に入ったかと思うと,すぐさまおとめを抱いてしもうた.

そして,一人の子が生まれた.

その後,家に帰った弟は,兄に

「わたしは,イヅシヲトメをたやすく手に入れました」と伝えたのじゃ.

するとその兄は,弟がおとめを抱いたことをひどく嫉(ねた)んでの,はじめに言うた賭けの品を出そうともしなかったのじゃった.

 

f:id:yachikusakusaki:20190505140316j:plain