前回取り上げたように
yachikusakusaki.hatenablog.com
古事記に描かれる藤は,はじめ,藤蔓(ふじづる)として登場します.
(人代篇その五 応神天皇(ホムダワケの大君)の章.)
伊豆志(*)の八前(やまえ)の大神の娘イヅシヲトメを妻にしようと出立するハルヤマノカスミヲトコ.
この出立に先立ち,母は,藤蔓から衣・褲(はかま)・下沓(したぐつ)を織り縫い,また,弓矢をつくります.
古代:
藤は,花を愛でると同時に,
衣をはじめ,身につける様々な日用の品々の原材料として利用されていました.
現代:
ふじの花の名所は,全国各地にあり,花の人気は衰えていません.
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そして,藤から作られた様々な工芸品が,伝統工芸として復活しています.
古事記に戻って---
伝承の形式としての「兄弟」「姉妹」
藤蔓で衣や弓矢をつくって送り出した母は,弟ハルヤマノカスミヲトコのみをえこひいきして,かわいがっているようにみえます.
そもそも,
ハルヤマノカスミヲトコがイヅシヲトメを嫁にしようと思い立ったのは---
兄のアキヤマノカスミヲトコが
「そなたは,このおとめを妻にできるかい」
とたきつけ,同時に
「祝いの酒を醸し」
「山や河の幸をことごとく設(しつら)え備えて,それらを賭けの品として差し出そう」
と約束したからでした.
そして,物語では,弟はイヅシヲトメを妻にするのですが,兄は約束を反故にしてしまいます.
母は弟をかわいがり,兄は意地悪で欲張り.
三浦祐介氏の解説によれば,これは「伝承の形式」とのこと.
・兄弟や姉妹の対立や葛藤を語る神話や伝承は沢山見られる.
・「多くの場合は,意地悪で欲張りな兄や姉に対して,やさしく美しい弟や妹という構造になっている」
・「末子相続など社会的な習俗と関わらせて論じる場合もあるが,伝承の様式として,幼い弟や妹にいい役割をあたえるのだと考えるべき」
・「どのように語ればおもしろいかということが重要」
この形式に則り,兄は約束を守らずけちで意地悪な悪役として描かれるわけですね.
再掲
古事記 人代篇 其の五
今ひとつ,ホムダワケの大君(*応神天皇)の御代の出来事として伝えられておることがあるのじゃ.これも大君との繋がりをたどりにくい伝えでの,ここで語ってよいものかどうか迷うておるのじゃが,そう聞き伝えておるので,ここで語っておこうかの.
この伊豆志の八前(やまえ)の大神の娘に,名はイヅシヲトメという神が坐(いま)した.
うるわしい女(め)の神での,
八十(やそ)の男(お)の神たちがこのイヅシヲトメを妻にしたいと思うていたのじゃが,みな断られてしもうて手に入れることはできなかったのじゃ.
ここに二(ふた)りの神がおった.兄の名はアキヤマノシタヒヲトコ,弟の名はハルヤマノカスミヲトコじゃ.
あるとき,その兄が弟に向こうて,
「われはイヅシヲトメに妻問(つまど)うたけれども,妻にできなかった.そなたは,このおとめを妻にできるかい」と言うた.すると弟は,そんなことわけもなくできますよ」と答えたのじゃ.
それを聞いた兄は,
「もしも,そなたがこのおとめを得ることができたならば,われは,上も下も衣を脱いで裸になって酒作り人となり,わが身の丈(たけ)と同じほどの大きな瓶(かめ)から溢れるほどに,祝いの酒を醸そうではないか.
また,山や河の幸をことごとく設(しつら)え備えて,それらを賭けの品として差し出そうではないか」
と言うた.
それで弟は,兄の言うたとおりに細かく母に申し上げると,すぐさま母は,藤の蔓(つる)を集めてきて,一夜(ひとよ)のうちに,その藤蔓(ふじづる)で,衣と褲(はかま)と下沓(したぐつ)と沓(くつ)とを織り縫うての,
また,弓矢も藤の蔓(つる)で作り,その衣や褲(はかま)を着せて,その弓と矢を持たせて,イヅシヲトメの家に向かわせたのじゃった.
すると,おとめの家に着くや,着物と弓矢には藤の花が咲いての,すっかり花に覆(おお)われてしもうたのじゃ.
それでハルヤマノカスミヲトコは,その花の咲いた弓と矢をおとめが入っていった厠(かわや)の戸に掛けておいたのじゃ.
そうすると,出てきたイヅシヲトメはその花を見て心引かれ,手に持って家に入ろうとする時に,カスミヲトコは花に包まれた姿で,おとめの後ろに付いて行き,そのまま屋(や)の中に入ったかと思うと,すぐさまおとめを抱いてしもうた.
そして,一人の子が生まれた.
その後,家に帰った弟は,兄に
「わたしは,イヅシヲトメをたやすく手に入れました」と伝えたのじゃ.
するとその兄は,弟がおとめを抱いたことをひどく嫉(ねた)んでの,はじめに言うた賭けの品を出そうともしなかったのじゃった.