日本精神神経学会の幹部(75)が後悔を口にした. 「障害者の処遇改善に取り組んできたつもりだが,優生保護法は過去の遺物という認識だった.最近報道される事実には驚くばかり.本当の姿が見えていなかった」 / 岡田靖雄さん(87)は,被害者による集団訴訟が起こされ,国会議員らが救済策を検討している現在も,学会は旧法下の自らの責任に向き合っていないと歎いた.  科学の名の下に・旧優生保護法を問う /2 毎日新聞2018年6月5日 

科学の名の下に・旧優生保護法を問う

/2 見過ごした精神学会

 

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毎日新聞2018年6月5日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20180605/ddm/041/040/048000c

 

 会員数1万7000人を誇る精神医学の分野で国内最大の学術団体,日本精神神経学会の幹部(75)が後悔を口にした.

「障害者の処遇改善に取り組んできたつもりだが,優生保護法は過去の遺物という認識だった.最近報道される事実には驚くばかり.本当の姿が見えていなかった」

 

 精神障害者団体に求められ,学会が国に法改正を求める意見書をまとめたのは1991年.

精神医学的な誤りを批判し,強制手術の根拠である条文の削除を提言したがそれも厚生省研究班が88年に強制手術について否定的な見解を示した後だった.

 

 「不良な子孫の出生防止」を掲げた旧法は,遺伝性を根拠にしつつ,精神障害者を最大の標的にした.

「遺伝性精神病」「顕著な遺伝性精神病質(性欲異常,犯罪傾向)」(当時の表記のまま)などを列挙し,精神科医らに手術の申請を求めた.

 

 一方,不妊手術の必要性は,前身の国民優生法(40~48年)の段階から,一部の精神科医が疑問を投げかけてきた.

「精神病の遺伝の実態は解明されていない」「不妊手術で精神病の発生を減らせるのはごくわずか」.指摘は,現在から見ても不自然ではない.

 

 とはいえ,戦前の精神医学や遺伝学の知見では明確な否定が困難だった.戦後は荒廃した国土再建が優先され,「不良な子孫」を排除する旧法が議員立法で制定された.

それでも60年代には向精神薬の服用で「精神障害は治せる」との認識が広がってきていた.

 

 70年代に入り,精神科医の野田正彰さん(74)の訴えが波紋を広げた.

遺伝性の根拠に疑問を投げ掛けてきた野田さんは,精神疾患の発病を双子で比較した海外の調査を多数紹介し,環境要因の影響の大きさを指摘したのだ.他の学者からも同様の指摘が続いた.海外では,遺伝の医学的理解や人権意識の高まりが反映され,強制手術を戦後も続けたスウェーデンが75年に法改正し,米国でも70年代にはなくなっていた.

 

 野田さんは今,「医学者の不作為」を問う.「旧法は精神障害者への偏見と排除をイデオロギー化したもの」とみなし,「優生の問題ではなく,日本の精神医学と医療の問題だった」と指摘する.

 

 だが,学会は国内外の動きを見過ごしていた.学生運動の激しかった時代.「精神医療改革」を掲げた新しい世代が,理事を総入れ替えし,犯罪予防のため精神障害者を強制入院させて治療する「保安処分」の導入を巡って国と対立していた.

 

 「学会は大学の医局講座制打倒を叫ぶなど,派手なことばかりして役割を果たさなかった」.精神科医の立場で旧法を告発してきた岡田靖雄さん(87)が言い切る.被害者による集団訴訟が起こされ,国会議員らが救済策を検討している現在も,学会は旧法下の自らの責任に向き合っていないと嘆いた.=つづく

 

 ■ことば

日本精神神経学会

 精神医療の改善に尽力した呉秀三らが1902年に創設した日本神経学会が前身.35年に現名称になった.精神医学や神経学の発展を目指し,精神科医の倫理綱領作成や,精神障害者の欠格条項の見直しに取り組む.

 

厚生官僚「優生」放置 「矛盾感じたが」動かず 科学の名の下に・旧優生保護法を問う /1 毎日新聞2018年6月4日 - yachikusakusaki's blog