島唄の心 心ふるわす歌のふるさと 奄美. 「新日本風土記」のテーマ曲もここで生まれました.この歌を歌っているのは,奄美出身の朝崎郁恵さん.朝崎さんの父が作った歌を覚えている人がいました.当時,国が伏せた事件を,朝崎さんの父は歌にして密かに残しました.奄美では,今もくらしの中に歌がとけ込んでいます.貧しくて読み書きの出来ない人も,歌を通して心を伝えました.NHKBS新日本風土記

「あはがり」(NHK新日本風土記テーマ曲)

作詞:朝崎郁恵

曲 :沖縄民謡

うきよ かりじまに

(この世は 神様からいただいた仮の世)

いでぃがでぃむ おらりゅむぃ

(いつまでとどまって 居られましょうか)

なさけあれぃよ かな

(命を敬い 生きていきなさい)

くぬよば うさむぃれぃがでぃ

(この世の 生を成し終えるまで) 

いきしゃん くとぅあいてぃむ てんとだいちや

(どのようなことがあろうとも 天と大地のあいだ)

てぃきぬあはがりし たましゃ うろぅてい

(月の明かりの下で (人々は喜び)魂が 踊り出す)

あはがり/朝崎郁恵 - 歌詞検索サービス 歌詞GET

 

冒頭のナレーションのバックに流れるこのテーマ曲が,心に沁みるNHKBSプレミアム新日本風土記

 

奄美」の再放送を視聴しました.

その一部,このテーマ曲を作曲し歌っている朝崎郁恵さんが出演している「島唄の心」のみ,再録します.

 

風の中に,土の匂いに,

もう一度日本を見つける.

私を見つける.

新日本風土記.(朗読 松たか子

 

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新日本風土記 - NHK

 

島の真ん中,深い森の奥にそれはありました.

樹木に覆われた洞窟.

戦に敗れた平家の落人が隠れ住んでいたとか.

落人達は島に文化を伝えたと言います.

「読み書きを教えたのは大和から来た夫婦.だから学問の始まりは平有盛が始めたんじゃないかな,というふうに,我々は受け取ってるんですけどね」

 

不思議な言い伝えが残る,ここは奄美大島

九州からも沖縄からも,それぞれ350キロほど.

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鹿児島県大島郡龍郷町浦の地図(28.413272604680575,129.58941236380699):マピオン

海に隔てられた場所には今も神様がたくさんいます.

島を覆う太古の森は,東洋のガラパゴスの名も.

厳しい自然を前に,人々は力を合わせなければ生きていけませんでした.

 

年に一度遠い先祖の着物を虫干しにします.

「どなたが着けたかわからないけど,何百年でしょうかね.もう」

暮らしの礎を築いてくれた先祖に思いをはせて.島に欠かせない祈り.

そして歌.

「歌で元気になった.歌が力になって.元気の秘訣は歌ど」

心が温かくなる風景があふれる島.

南の海の別天地へようこそ. 

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島唄の心

 

心ふるわす歌のふるさと 奄美

「新日本風土記」のテーマ曲もここで生まれました.

 

浮き世 仮島[かな ] に

(この世は 神様からいただいた仮の世)

何時 [いで] がでぃむ 居らりゃむぃ

(いつまでとどまって居られましょうか)

情けあれぃよ 加那

(命を敬い生きていきなさい)

くぬ世ば うさむぃれぃがでぃ

(この世の生を成し終えるまで)

 

いきしゃん くとぅあいてぃむ 天と大地や

(どのようなことがあろうとも 天とだいちのあいだ)

てぃきぬあはがりし たましゃ うろぅてい

(月の明かりの下で (人々は喜び)魂が踊り出す)

 


あはがり

 

この歌を歌っているのは,奄美出身の朝崎郁恵(あさざきいくえ)さん(79歳 2016年現在).

 

古い歌詞を幾つも組み合わせ,島人の心を託しました.

 

朝崎さんは,加計呂麻島(かけろまじま)花富(けどみ)の生まれ.

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地勢・自然環境 | ねりやかなや 南の島の楽園奄美への移住支援サイト

15歳まで暮らしました.

 

「私が住んで,生まれて育ったとこです.これ.ここ」

 

父は鍼灸師.母は蚕を育てていました.

貧しいながら,家にはいつも歌がありました.

 

「私の家は,父親が三味線を弾いて,いつも三味線の音が聞こえてくるんです.遊びに行って帰ってくると,まだ弾いてる,まだやってるという感じで,私はおうちに帰って.

そういう環境で育ちましたから」

 

父は地元では知られた歌の名手.朝崎さんは幼い頃からたくさんの歌を教えられました.

 

その頃の幼なじみが今も島で暮らしています.

 

「久しぶりだね」

 

「お父さんが作った歌をね.歌ってもらいたいって,みんなや.それがね.お父さんが作った,あれ.なんていう?」

 

朝崎さんの父が作った歌を覚えている人がいました.

 

嘉義丸の歌(詞曲 朝崎辰恕)

 

この歌は,戦争中,多くの民間人を乗せた船がアメリカ人に撃沈された悲劇を伝えたもの.

当時,国が伏せた事件を,朝崎さんの父は歌にして密かに残しました.

 

「この人達の時代なら,お父さんと(交流)しているから,後の人(世代)は全然わからん」

「そうなの,そうなんですよ」

「そう思って,『嘉義丸の歌』も私が歌える間と思って,テープなんかに吹き込んで,知らない人にあげたり」

 

受け継がれていく歌の記憶,父の思い出.

 

「花富(けどみ)でね.生まれて育った事が,誇りに思います.ここで生まれて育ってよかったって思ってます」

 

 

(三味線に合わせて歌う声.海背に座る男性2人と朝崎さん)

奄美では,今もくらしの中に歌がとけ込んでいます.

人が集まれば,必ず歌が.

 

何気ないやりとりも,歌に.

 

歌・男性1

「命,長むてぃりば

(長生きさえしていれば),

 拝まんちゃむ 拝でぃしりゅり

(初めて会える人でもわかり合える)」

歌・朝崎

「なてぃかしゃ みくいぐあ

(なつかしい美声を)

 ちょうなま拝いて

(今日 初めて聞きました)」

歌・男性2

「      」

 

歌い始めの人の言葉を,次の人がつなぐ,歌の掛け合い,挨拶歌です.

島唄はさまざま.

100曲ほどのメロディーと1000をこえる歌詞が伝えられてきました.

 

男性1

「もともとの島唄の歌い方は,やっぱり掛け合いがほんとの歌い方じゃないでしょうかね.その人その人の歌い方があるから」

男性2

「その人その人の,独特な歌い方があるから.10人あったら10人とも,歌が同じ文句じゃないですよ.節じゃ.みんな節が変わってくるから,大概」

男性2

「三味の弾き方から変わるよ.全部」

 

貧しくて読み書きの出来ない人も,歌を通して心を伝えました.

薩摩の役人に聞かれたくないことは歌の乗せ,密かに伝え合いました.

 

朝崎

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奄美にあるもの | ディレクターおすすめスポット | 番組スタッフ直伝 旅のとっておき:NHK

「歌の背景に,奄美の歴史があるんです.ですから,いい加減な歌い方をしたりは絶対にしちゃいけない.大事に私たち,奄美のご先祖様が,こうして親から子,子から孫へと受け継いで残してくれた遺言ですよ」

 

誰がいつ作ったかのかも分からない,無数の歌が,今も人の心を繋ぎます.