女の誕生
すぐさま 彼(ゼウス)は 火の代償として 人間どもに 禍い(わざわい)を創られたのだ
すなわち その名も高き両脚曲りの神(ヘパイストス)が
土から 花恥ずかしい乙女の姿を創られた クロノスの御子(ゼウス)の意を畏んで(かしこんで).
輝く眼の女神アテナは 彼女に帯をつけてやり 白銀(しろがね)色の衣で 身を装わせ
また 両の手で この娘の頭から
見事な造りの面被(ヴェール) 見るも不思議なものを垂れかけなさった.
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また 彼女の頭には 黄金(こがね)の冠を被せられたが,この冠は その名も高い 両脚曲りの神(ヘパイストス)がみずから細工して
手のひらで拵えた(こしらえた)のだ 父神ゼウスに喜ばれようとなさって.
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上記は,「神統記(ヘシオドス著 廣川洋一訳 岩波文庫)」の一節.
もちろん,標題「女の誕生」の女はパンドーラー(パンドラ)のことです.
ただ,この「神統記」には,彼女の名前は出てきません.
同じヘーシオドス(ヘシオドス)による「仕事と日(仕事と日々)」には,より詳細な誕生の様子とともにパンドーラの名前が記載されているとのこと.
英語に訳した形では次の通り.
He (Zeus) called this woman Pandora (All-Gifts), because all they who dwelt on Olympos gave each a gift, a plague to men who eat bread.
PANDORA - The First Woman of Greek Mythology
:拙訳 ゼウスは,この女性をパンドーラー(全ての贈り物)と名付けた.なぜなら,オリュンポスに住む全ての神々それぞれが一つの贈り物,パンを食べる人間に対しての災い(?)を与えたからである.
「火の代償として」「人間どもに 禍い(わざわい)」として創られたのがパンドーラー.
冒頭の神統記の書き出しにある
「火の代償として」とは:
もとろん,プロメーテウスが盗んで人間に与えた火のことですね.パンドーラーは罰として人間に与えられたということ.
その後に続く
「人間どもに 禍い(わざわい)を創られた」という言い方:
創られた女(=パンドーラー)自体が,先に創られた人間(男)への「禍い(わざわい)」と言う語り口.
後に箱(壺)をあけるか否かに関わらず,女=禍い(わざわい)?
男の誕生
ヘーシオドスは,男の誕生については何も記述していないようです.
ギリシャ神話全体として主な説は二つ.https://www.ancient.eu/Prometheus/
日本で最も広まっているのは,人間の教育係のプロメーテウスが土からつくったというもの.
オウィディウス「変身物語」は,「おそらく」としつつ,この説を記述してあるようです(PROMETHEUS - Greek Titan God of Forethought, Creator of Mankind).
また,「山室静 ギリシャ神話」や「里中満智子 オリュンポスの神々」はこの説を採って物語を進めています.
もう1つの説は,神が大地から創り出し,エピメーテウスとプロメーテウスが生きる術を教えたというもの.
人の誕生についての聖書の記述 / 古事記の記述
聖書の記述
ギリシャ神話の世界は,現在では信仰の対象とはほとんどなっていませんが,
現在まで信仰の対象となっている旧約聖書.ここでも人間は神が創ったとされています.ただし,詳細の記述はなく,男と女がほぼ同時に創られます.
1:26神はまた言われた,「われわれのかたちに,われわれにかたどって人を造り,これに海の魚と,空の鳥と,家畜と,地のすべての獣と,地のすべての這うものとを治めさせよう」.
1:27神は自分のかたちに人を創造された.すなわち,神のかたちに創造し,男と女とに創造された.
《アダムの創造》ミケランジェロ・ブオナローティ|MUSEY[ミュージー]
その後のアダムとイブ,エデンの園,失楽園の物語は,ギリシャ神話と対比されて語られることも多いようですね.
古事記の記述
日本の神話には,人間の誕生の記述はなく,いつの間にか存在していたというのが通説となっているようです.
ただし,三浦 佑之氏による,興味深い指摘があります.
古事記には,人間の起源は語られていないというのが一般的な見解,としつつ,
「しかし,わたしは,古事記は人間の祖先について語っていると考えています」
として,次の一節(天と地が初めて姿を見せ,三柱の神が現れた後の記述)をあげています.(『古事記』 2013年9月 (100分 de 名著))
できたばかりの下の国は,土とは言えぬほどやわらかくて,椀に浮かんだ鹿猪の脂身のさまで,海月なしてゆらゆらと漂っていたが,その時に,泥の中から葦牙のごとくに萌えあがってきたものがあって,そのあらわれ出たお方を,ウマシアシカビヒコヂと言う.
そして,
「(一般には神の一柱とされる)ウマシアシカビヒコヂこそ,人間の祖先だと思っているのです」
「何をしたわけでもないのにいつしか生まれ,繁茂していく草の一本として人間がある.大地に萌え出た芽は生長し,花を咲かせ実を実らせると枯れてゆくように,人もまた土から生まれ,成長し,子孫を残して死んでゆく.そうやって循環する生命の感覚が,アマシアシカビヒコヂには込められているのだろうと思います」(『古事記』 2013年9月 (100分 de 名著))
としています.
とても魅力的な説.
そして,古代の西洋と日本のものの見方の違いを考えさせられます.