ほぐす
小包の紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
――結ぶときより,ほぐすとき
すこしの辛抱がいるようだと
人と人との愛欲の
日々に連ねる熱い結び目も
冷(さ)めてからあと,ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費やすように
紐であれ,愛欲であれ,結ぶときは
「結ぶ」とも気づかぬのではないか
ほぐすときになって,はじめて
結んだことに気付くのではないか
だから,別れる二人は,それぞれに
記憶の中の,入り組んだ縺(もつ)れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに,なつかしむのではないか
互いのきづなを
あとで断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
――その確かな証拠を見つけでもしたように
小包の紐の結び目って
どうしてこうも固いのだろう,などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と,思い出したりして
吉野 弘 「贈るうた」より
https://www.amazon.co.jp/贈るうた-吉野-弘/dp/4760218602
終了して既に1ヶ月たつ「NHKドラマ10 この声をきみに」.
大好きなドラマでした.とりわけ朗読される作品の一編一編が心に響きました.心に留め置くために,いくつかをこのブログに書き留めていくことにします.
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/special/photo_01.html
すでに,「心に太陽を持て」「今日」「回転ドアは,順番に」は先日記録しました.http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/11/03/033729
上記「ほぐす」は, 最終回で主人公穂波孝(竹野内豊)が,別れることを決めた妻・奈緒(ミムラ)から読むように薦められ,手渡された詩集「贈るうた」の中の一編です.
▽最終回,孝(竹野内豊)が「贈るうた」を手にするまでの奈緒(ミムラ)との会話;
奈緒「龍太郎の手紙の返事有り難う.喜んでた」
孝「うん」
「でっ?直接話したかった事って?」
「その,感謝してるよ.僕のことを愛してるって声を出して言ってくれたのは,君が初めてだった.僕は幸せだったよ.うん.まあ---,こんな結果になってしまったが.僕はすべてが過ちだったとは思っていない.楽しいこともいっぱいあったしね.ありがとう」
-----「その言葉を聞けて良かった.
-----でもやっぱりおかしい.あなた,そんなこと言えるような人じゃなかったはずよ.あの本(今日 伊藤比呂美訳)だってそうよ.朗読教室だって.本当に出るの?あなたが朗読の発表会に」「ああ.出る」「何で?」
「僕もどうしてこういうふうになったのかは,よくわからない.ただ,ポロミアンリングが---」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgs1967/41/Supplement1/41_Supplement1_47/_pdf
「また,結び目?」
「いや,最後だと思って,聞いてくれ.
ぼくは家族をポロミアンリングのように思っていた.僕と,きみと,子どもたち.三つ集まって初めてつながる事ができる.しかし,本当は違っていたんだ.僕の輪は,つながっているように見えて,ただ重なっていただけ.だから僕だけがこぼれ落ちてしまった.
でも僕はひょんなきっかけで,朗読という世界と、巡り合うことが出来た.そこでいろんなものと,交叉することが出来た」
「それがあなたを変えたって言うの?」
「まあそうかもしれないな」
----中略
「どうするんだ?」
「大学に通うことにした」「大学?」
「一度仕事を離れた女性の,再就職を支援する講座があるの.ビジネス英語や企業会計やITや.数ヶ月はみっちり勉強しないとならないけど,長い目で考えれば,その学びの時間は無駄じゃないと思うの」
「そうだな」
「養育費のこと,ありがとう.最後に甘えさせてもらうことにした.私も会ってお礼が言いたかった」
「いや,そう言ってもらえて良かった」
「発表会は二人は行くつもりみたいよ.私は行かないけど.そうだ,小学校の学芸会も近いうちにあるの.龍太郎は劇で,舞花はミュージカルやるって張り切ってる.時間が合えば見に来て」
「うん.絶対に行くよ.舞花はどうしてる?」
「ふふふふ.それが---.この間ビックリしちゃった.テスト用紙の裏にいろんな編み込みの違い,書き込んでた」
「お〜.これはスゴイ.ヤン・バクスター方程式だ」
「やんなっちゃう.そのうち,誰かさんみたいに蝶々結びを数式で表すようになったりして」
「じゃあ,行くわ.あっこの本この間の本のお返し.この中に『ほぐす』っていう,詩があるの」
「ほぐす?」
「あなた向き---っていうか,まあ,今の私たち向きの詩よ.良かったら読んでみて.さよなら」
「さよなら」
▽第一回〜第七回・第八回冒頭までのあらすじ:
第一回〜第七回
穂波孝(竹野内豊)は,「結び目理論」が専門の偏屈な数学科の准教授.話すことが苦手で,学生からの人気もない.サービス精神のかけらもない講義をして,話し方教室へ行くように命じられる.
愛想を尽かした妻・奈緒(ミムラ)は,子供と一緒に出て行ってしまう.奈緒の怒りは,想像を遥かに超えた激しさで,孝は打ちのめされる.
息子が大好きな「くじらぐも」を読み聞かせることを思いつき,朗読教室に向かう.しかしプライドが高い孝は,京子(麻生久美子)に,こどものために詩の朗読を教えて欲しいとなかなか切り出せない….
一方で,朗読教室で聞いた,京子の魅力的な声が忘れられないでいる.
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/special/book.html
孝は家族とよりを戻すため,長男・龍太郎が大好きな詩「くじらぐも」の朗読レッスンに打ち込む.
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/special/photo_01.html
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/11/03/033729
龍太郎たちと会う日,孝の朗読が始まると,奇跡が起こった.
ついに孝は,奈緒との離婚を決意した.朗読教室もやめようとするが,クラスメイトの邦夫(杉本哲太)たちに引き止められる.一方,京子(麻生久美子)は理由も明かさないまま,教室を休み続けていた.ある日,孝はナゾの車に連れ去られそうになる京子を偶然,見かける.孝は声をかけるものの,京子は何も説明しようとはしない.ただ孝に,朗読だけは嫌いにならないで欲しいと告げるのだった.
京子をアパートへ送った孝は,帰り際,朗読をせがまれ,乞われるままに詩集を手に取る.途中から京子も加わった「回転ドアは,順番に」(作:穂村弘)の朗読.濃密な時間.http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/11/03/033729
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/special/book.html
安らかに眠る京子を気づかいながら,そのまま一晩をあかした孝.
翌朝,何事もなかったように朗読教室に現れる京子.
そんなミステリアスな魅力に,ますます取りつかれて行く孝.
第八回(最終回)
孝の恋の告白も届かず,京子先生が朗読教室をやめる決意は固かった.発表会が近づく中,孝たちは京子の引止め作戦を思いつく.
そんなある日,息子の龍太郎から手紙が届き,孝は大喜び.そして妻・奈緒と久しぶりの再会を果たす.