ローマの休日(2) ローマの休日は単なる甘いラブストーリーではなかったのです.「『赤狩り』のせいでお上の認める映画ばかりになっていましたから.連中の目が届かない外国に出たい!っていつも言ってましたよ」 「このシーンは,父の一番大事な願いを伝えています.国のレベルの結びつきだって,結局は全て人と人との友情によるものだと.どんな状況でも友情だけは失ってはいけないと」 「でも,なかなかいないわよ.その願いをこんなふうに表現できる女優は.本当に美しくて完璧な瞬間だと思います」 

アナザストーリー 運命の分岐点 

「オードリーとローマの休日~秘めた野心 貫いた思い~」(2)

ナビゲーター 沢尻エリカ ナレーター 濱田岳

今では不朽の名作と名高い「ローマの休日」.しかし,当時としては異例中の異例の作品でした.

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「ローマの休日」(1)名作の影に秘められたアナザーストーリー.当時10歳だった少年,ジャンネット・デ・ロッシ.両親はオードリー・ヘップバーンのメイク担当.少年はオードリーの成功にかける,密かな野心を目の当たりにしていました. 当時のスターとは違い,決してグラマーとは言えない体型だったオードリー.だが,彼女は「眼力(めぢから)」で勝負すると決めた. “私には女らしさを証明するのにベッドルームはいらない. グラマーが自慢のスターが裸で表現することを,私は服をきたままで表現できる” - yachikusakusaki's blog

 

ハリウッド映画はハリウッドのスタジオで撮るのが当たり前の中,全編海外でのロケ.そんな大作のヒロインほぼ新人の女優を迎えたのも,また,超異例の事でした.

全てを押し切ったのは,あの「90テイクマン」,監督のワイラー.

第二に視点は,彼の娘,ジュディ・ワイラーです.当時十歳,子役として撮影に参加していました.彼女は父の背中を見つめる中で,この作品に父が込めた強いメッセージを感じ取っていました.

ローマの休日は単なる甘いラブストーリーではなかったのです.

 

監督が伝えたかったメッセージとは何か?そこにオードリーはどう関わっていたのか?全てを見ていた少女が語るアナザストーリー.

 

映画の中盤,アン王女が髪を切った.

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Audrey Hepburn images Roman Holiday wallpaper and background photos (824657)

記者にとってはまさにシャッターチャンス.だがあいにくカメラがない.そこで----

「いいカメラだね.----ちょっと貸してくれない?」

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Hell On Frisco Bay: An Interview With Judy Wyler Sheldon

困り顔のこの少女こそ,ジュディ・ワイラー.当時は女優を夢見ていた.

「これが私よ.もう終わり?短い」

「これだけで丸1日かかったのよ.『女優になんかなるもんか』って思ったわ」

「90テイクマン」は実の娘にも容赦なかった.

今では映画祭のプロデューサーとして,忙しく働くジュディ.数多くのスターと会ってきたが,10歳で出会ったオードリーは別格の存在だ.

「だって,彼女,こんな子どもの私も気遣ってくれたのよ.みんな仕事の事ばっかりに夢中なのに.彼女だけは私の目を見てキチンとお話ししてくれたの」

オードリーに会いたさに現場に通ったジュディ.やがて,この映画にかける父の深い思いを知る事になる.

「単なるハッピーエンドで2人がくっついて終わる映画じゃないでしょう?父には,この作品でどうしても伝えたい願いがあったのよ.

 

視点2 監督の娘 90テイクマンの“願い”

映画監督ウィリアム・ワイラー

ベン・ハー」をはじめ,アカデミー賞監督賞3回.ノミネート8回(9回?授賞を含めて12回?)の記録は,未だ破られていない(授賞はジョン・フォード4回が最多)(作品賞3回,作品賞ノミネート13回はワイラーが最多)William Wyler - Wikipedia.まさにハリウッドの巨匠中の巨匠だ.

そんなワイラーが「ローマの休日」の監督に決まったのは,1948年.この頃,ハリウッドは,未曾有の混乱状態にあった.

(ラジオ放送)「ウィリアム・ワイラーです.映画監督をしています.いま,ハリウッドに恐怖が巻き起こっています.このままでは,お決まりの映画ばかりがエサのように与えられ,やがて,アメリカ全体,アメリカ自体も堕落していくことを危惧しています」

強い口調で語ったワイラー.

ハリウッドに巻き起こった恐怖とは,赤狩り(McCarthyism).第2次大戦後,アメリカに吹き荒れた共産主義者排斥運動だ.

映画界にもその矛先が向けられた.名だたる監督や俳優が証言台に立たされ,共産主義者かどうか問い詰められた.

ウォルト・ディズニー「自由の国アメリカから,共産主義をあぶり出すべきだ」

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Walt Disney Studios owner Walt Disney testifies against communism at hearings of ...HD Stock Footage - YouTube The Hollywood Blacklist: 1947-1960 - YouTube

「父はあのころハリウッドにかなり嫌気がさしていました.『赤狩り』のせいでお上の認める映画ばかりになっていましたから.連中の目が届かない外国に出たい!っていつも言ってましたよ」

そんなねらいにうってつけだったのが,全編ローマが舞台の「ローマの休日」.

実は「赤狩り」とも深い関わりがあった,

書いたのはダルトン・トランボ.赤狩りへの証言を拒み続けて投獄された男だ.「ローマの休日」は,トランボが出所後,「ハンター」という偽名で執筆した作品だった.

「父はハンターの正体がトランボであることを知っていました.ただ,映画会社には内緒にしていました.だって,もし伝えたら連中は一銭たりとも出しはしないから.でも,映画会社の出資が決まるとすぐに父は『赤狩り』で疑いをかけられた人を何人も雇ってローマに連れて行ったのよ」

例えば,アカデミー賞助演男優賞にもノミネートされたカメラマン役のエディ・アルバートは,妻の共産主義者疑惑で騒がれた人物.

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Audrey Hepburn images Roman Holiday wallpaper and background photos (824692)

主演のグレゴリー・ペックもワイラーの「反赤狩り」運動にいち早く賛同した数少ないスターだった.さらにスタッフにも「赤狩り」で追放されたものをかまわず雇い上げたワイラー.

「みんなに,こう言ってたわ.『ローマなら赤狩りの目も避けられる.しょぼくれるな.みんな行くぞ!』って」

ハリウッドから,逃げるようにローマに渡った撮影チーム.その不安を一気に腫らしたのがオーディションで決まった主演女優だった.

 

「最初,父は『新人』って事にこだわっていただけなの.誰も見たことのない人.とにかく映画会社の連中が口出ししてこない,新人がいいって.でもそこに,あのオードリー・ヘップバーンが来たのよ.私だけじゃなく,みんなが見とれちゃった.現場に新鮮な風が吹いて,太陽みたいにみんなを照らしたの.まさにパーフェクトなマッチングだったわ」

オードリーを得て,がぜん意欲を燃やしたワイラー.撮影直前,彼が頻繁に足を運んだ場所がある.今は一見,何の変哲もない通りだが,撮影当時は様子が違った.

 

「これは何?」

「願いの壁さ.戦争中,ここで子どもを連れた男が空襲にあった.この壁の後ろに非難して祈ったら,爆弾はすぐ近くに落ちたが怪我はしなかった.だから,後でここにお礼の札をかけたんだ」

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Roman Holiday - Joyless Creatures

 

「この壁を父とよく見たのを覚えているわ」

「ここは父の中にかなり強く印象に残った様子でした.戦争を伝える場所としてね.

 

第二次世界大戦が終わったのは「ローマの休日」撮影のわずか7年前.戦時中ワイラーはイギリス空軍に参加.空襲の様子などを撮影していた.

一方,オードリーはナチス占領下のオランダに暮らし,まさにワイラーが所属するイギリス空軍による爆撃を経験していた.

戦争中は敵国.2人に限らずこの映画に関わる皆が,そんな因縁を抱えていた.

 

「空襲から逃れた人々が祈りをささげた壁.これを見て父の心は動きました.『赤狩り』から逃げることよりもっと大切なことがあるって気づいたの.だから,このシーンを入れた.伝えたかったのは,それぞれの立場で戦争の記憶を持つ私たちだけど,手を携えて未来へ進もうという事.『せっかく戦争が終わったのだから』ってね」

 

ワイラーの願いが最も色濃く表れているのは,終盤のこの場面だという.

「国と国との友好の見通しについてどうお考えでしょうか?」

「必ずなし得ると信じます.人と人との友情を信じるように」

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「おそれながら,自社を代表して申し上げます.妃殿下のご期待は決して裏切られることはないと」

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Oscar Vault Monday – Roman Holiday, 1953 (dir. William Wyler) | the diary of a film history fanatic

www.youtube.com

「このシーンは,父の一番大事な願いを伝えています.国のレベルの結びつきだって,結局は全て人と人との友情によるものだと.どんな状況でも友情だけは失ってはいけないと」

「でも,なかなかいないわよ.その願いをこんなふうに表現できる女優は.本当に美しくて完璧な瞬間だと思います」

「まあ,監督も結構頑張ったけどね.ははは」

 

オードリーを通じ,この映画に平和へのメッセージを込めたワイラー.

オードリーにはその後も名監督からの出演依頼が殺到.

だが,1968年,まさにキャリア絶頂の時,彼女は突如,映画界から身を退いた.果たしてそこにはどんな決意があったのか.