「役に立たなくて悪い?ちゃんと存在しているだけで幸せだと思う」:「“ヘイトクライムに屈しない”という意思」 / 「この事件は『ヘイトクライム』 :相模原事件はアメリカのケースと,かなり似通っています.ある特定の人々に社会に有害だとレッテルをはり,攻撃を正当化するのです」 NHKクローズアップ現代+「シリーズ 障害者殺傷事件の真実  “ヘイトクライム”新たな衝撃」  

7月26日のNHKクローズアップ現代+ は,相模原障害者殺傷事件を「ヘイトクライム」という見出しを掲げて取りあげていました.以下その一部を要約します.

かなり独断的な要約です.

NHKクローズアップ現代+のウェブサイトに番組の内容のほぼ全てを文章に起こしていますので,こちらを是非ご参照下さい.

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4014/index.html

www.nhk.or.jp

 

以下は一部要約です.

・文章の多くはそのままのものを使わせていただきました.

・大部分カットした記載もあります.

・段落の《見出し》の多くは新たに加えたもの.

 

「シリーズ 障害者殺傷事件の真実  “ヘイトクライム”新たな衝撃」

NHKクローズアップ現代+  2017年7月26日(水)

出演者    森達也さん (映画監督),熊谷晋一郎さん (東京大学先端科学技術研究センター准教授),武田真一 キャスター・鎌倉千秋 キャスター

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NHK クローズアップ現代+ シリーズ障害者殺傷事件の真実 “ヘイトクライム”新たな衝撃 - NHK クローズアップ現代+

 

▽納得いかない,許せない

被害にあった女性の兄は,なぜ,障害のある人に理不尽な憎悪が向けられたのか,今でも理解できずにいます.

 

被害にあった女性の兄

「この子いいやつで,大好きなんですよ.恨みます.恨むというか悲しいというか,なんでそういうことになるのって」

 

亡くなった女性の母親

「どんな命も大切な命です.納得いかない,許せない」

 

▽植松被告の極端な差別思想とネットでの配信・賛同

事件を起こした施設の元職員,植松聖被告.

私たちは拘置所の植松被告に接触し,手紙のやり取りを続けました.手紙には,施設で働く間に極端な差別思想が膨らんでいった様子がつづられていました.

 

植松被告の手紙「三年間勤務することで,彼らが不幸の元である確信を持つことができました」

 

植松被告は,ネットでゆがんだ思想を発信し,賛同を求めていた事も分かりました.

植松被告の配信を見ていた男性

「あおられて,どんどん自分の思想を強化していった」

 

 

▽この事件は『ヘイトクライム

「相模原事件はアメリカのケースと,かなり似通っています.ある特定の人々に社会に有害だとレッテルをはり,攻撃を正当化するのです」レビン教授(アメリカ)

 

事件の波紋は,今なお障害者やその家族に広がり続けています.「障害があるゆえに,人から命を奪われるかもしれない」

植松被告が起こした事件に注目している研究者がアメリカにいます.各国の重大犯罪を分析しているブライアン・レビン教授です.

この事件は,アメリカで相次ぐ「差別に基づく犯罪 “ヘイトクライム” だ」と指摘しています.

ヘイトクライムとは,人種や宗教など特定のグループに対し,差別意識を持って排除しようと行われる犯罪です.同性愛者をターゲットにした銃乱射事件など,ここ数年ヘイトクライムが増加し,社会問題になっています.

 

カリフォルニア州立大学 ブライアン・レビン教授

「相模原事件はアメリカのケースと,かなり似通っています.ある特定の人々に社会に有害だとレッテルをはり,攻撃を正当化するのです」

 

レビン教授が分析するヘイトクライムが起きる過程です

(番組中では図を使って解説)

 

 『人の心の中にある偏見』

(何らかのきっかけ)

 「言葉や態度として表面化」

⇒「差別」

 (エスカレート)

 「相手を排除する事は社会に有益」=「排除」の正当化

  (最後に) 

 「暴力 / 殺害行為」

 

植松被告も同じような過程をたどって,障害者への差別意識を高め,事件を起こしたと見ています.

 

カリフォルニア州立大学 ブライアン・レビン教授

「社会の中にある固定観念や憎しみに触れ,それを自分の中に取り込み,自らの使命に変えていきます.

この犯罪の始まりは,普通の人が日常的に感じる偏見です.外からは見えにくいのですが,危険な犯罪へと姿を変える可能性があるのです」

 

 

ヘイトクライムのもう一つの危険性

:「植松被告の誤った思想が,今も影響を与え続けている」

 (差別の拡散)

 

被害者の母親(アンケートへの回答)

「インターネットで,被告と同じような考えを持っている人が多く,同じような事件が起きないか不安」

被害者の母親(アンケートへの回答)

「容疑者を賞賛するような,心ない声が聞かれた.これこそ本当の差別」

 

ネット分析が専門の鳥海不二夫准教授です.

 事件後のおよそ2か月間で「相模原」や「障害者」など,事件に関連性が高いキーワードを含む書き込み,440万件を分析しました.

植松被告に強く賛同する書き込みは,およそ100件程度.この状態では,ほとんど目につきません.

しかし,こうした書き込みだけを集めたサイトが開設.サイトが次々と作られ,多いものでは,閲覧数が18万回に上っています.

東京大学 鳥海不二夫准教授

「ヘイト発言が,まとめサイトにまとめられたことによって,それがとても多くあるように見える.

その結果として,自分自身が思っていたヘイトや社会で正しくないと言われている発言でも,仲間がたくさんいるということから,そういった発言をしてもいいんだという空気感が出てしまう.

それが今度は社会全体に広まることができてしまう」

 

差別思想の拡散は,社会に何をもたらすのか.

障害者殺傷事件の分析を続ける前田朗教授です.

植松被告が記した手紙.たった1人のゆがんだ考えが,社会を揺るがしかねないと警鐘を鳴らしています.

 

東京造形大学 前田朗教授

「さまざまな人々の意識の中に,建前は差別はよくない.『でも』という.

『でも』という種がまかれてしまって,これは全国に存在しているわけですから,直接的に被害者をも破壊するし,それを取り囲む社会全体を破壊してしまう.

そういう深刻なダメージが一気に吹き出てしまうということです」

 

 

▽「根本的な部分で,差別とか障害者排除の意識があったんだなと怒りを覚える」中尾咲さん

▽「ちゃんと存在しているだけで幸せだと思う.役に立たなくて悪い?」 垂水京子さん

世界の分断を生み出しかねないヘイトクライムをどう乗り越えればいいのか?NHKのサイトにメッセージを寄せてくれた方々の中に,事件と正面から向き合いその答えを探ろうとしている人たちがいます.

 

中尾咲さん

脳性まひで手足に障害があります.中尾さんは事件後,外に出歩く事に恐怖を感じるようになりました.

小学校時代には“障害者は死ねばいいのに”と言われました.中学に入ってからも心ない言葉を浴びせられ,心身共に追い詰められて入院したと言います.

それでも事件から目をそらしてはいけないと考えています.社会から差別をなくすには教育を変えていくしかない.中尾さんは,この春から研究に取り組んでいます.

「私が受けてきた教育の現状が,あの事件につながっていると思う」

「根本的な部分で,差別とか障害者排除の意識があったんだなと怒りを覚えるし,決して,あの事件を無駄にはしていけないと思っています」

 

垂水京子さん

障害者のありのままの姿を知ってほしいと訴える人がいます.垂水京子さんです.重い知的障害がある息子,亮太さんを事件が起きた,やまゆり園に通わせていました(ショートステイ).

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シリーズ障害者殺傷事件の真実 “ヘイトクライム”新たな衝撃 - NHK クローズアップ現代+

「植松被告が,疲れきった保護者の顔というのは,ショートステイに行ったときの私の顔かもしれないと,今でも思っています.

不自由は不幸にはつながらないけど,限りなく不幸につながるのではないかというのは,ずっとあって,いなくなっちゃえばいい,消極的な意味でいないほうがいいと思ったことはあった.だけど,そこだけを見るんじゃなくて,それの周りのものすべて見てほしかった」

「五体満足でよかったねとか言っちゃうでしょ.それは当然でしょう,いいんですよ.だけど,障害があったら,それはそれでもよし,としないと」

「心の底から,かわいいなと.何もできないけれども,笑っている顔,どこのイケメンや俳優よりも,私はかわいい.

役に立たなくてもいいし,ちゃんと存在しているだけで幸せだと思う.役に立たなくて悪い?

 

 

▽“戦後最悪”19人殺害事件 ヘイトクライムに向き合う

 「役に立たなくて悪い?」という言葉,ヘイトクライムに屈しない”という意思だと感じたが?

 熊谷さん「私自身も大変,心強い言葉として受け止めました.全面的に共感をいたします.

やはり“役に立つか,立たないか”という基準と,生存の基準というのは,徹底的に切り離す必要がある.この当たり前の事の確認が優生思想に,あるいはヘイトクライムに屈しないためには必要不可欠な態度だというふうに私は考えています」

 

私たちのHPには,“障害者を透明人間のように見てきたのではないか.邪魔に思ってきたのではないか”という自省の声が寄せられていた.ヘイトを生み出す種が,一人一人の中にもあるのではないか?

森さん「とても重要な気付きだと思いますね.そのとおりです.僕らの中,一人一人の中に差別意識はあります.偏見もあります.差別はいけない,偏見はいけない.そうした建て前的な事じゃなくて自分の中にもある.

それをどう中和させるのか,させられないのか.そうした意識を日々持ちながら生きていく事しかないでしょうし,そうした意識の持ち方というものが,もしかしたらこうした犯罪に対しての,ある意味での違う視点を提示してくれるんじゃないかなという気はします」

 

 

相模原事件と向き合う,そして繰り返さないために,私たち,あるいは社会は何が必要なのか?

 

熊谷さん「私は昨年(2016年)開催した追悼集会で寄せられたメッセージの中に,1つ非常に心に残ったものがありました.

それは今回のような事件を,一部の自分とは関係のない他者の責任に押しつけて,その他者を社会から排除する事で,この問題は解決したと思ってはいけない.これは,その社会を支える私たち一人一人が加害者.ある意味では加害者であり,責任を負わなければいけない,そういう問題なんだという事を述べたメッセージでした.

私はこれに尽きるのかなというふうに考えています」

 

森さん「どんな事件でも特異性と普遍性があります.特異性を僕たちは見たくなります.メディアもそれを提供したくなります.でも,特異性だけじゃ駄目なんです.普遍性も絶対にあります.両側に視線を置く事.その結果として,より立体的に見えてくるはずです.そこの中で自分の中にある何か,そうしたネガティブな事も含めて凝視する事.そこから多分,新たな視点を獲得できるんじゃないかなという気がします」

(事件がなぜ起きたか,それは植松被告の心だけじゃないところに何かがあったかもしれない?)

森さん「それは僕らの心の中にも共通してあるものです.きっと間違いなくどこかにあります.くすぶってます.

障害のある人も生きていく意味はある.事件の遺族は,今も深い悲しみを抱えながらそう訴えています.一人一人の人格,個性,命は尊重されなければならない.その当たり前の事が共有されているか,私たち自身が問い続けなければならないと思います」

以上

 

 

相模原障害者殺傷事件を『ヘイトクライム』と捉える見方 by yachikusakusaki

「相模原障害者殺傷事件は『ヘイトクライム』だ」との指摘は,事件直後よりありました.海外はもとより,日本の一部の方々からも.しかし主要メディアは,識者の見解として取りあげることはあっても,正面から論じること避けてきたように思います.今回のクローズアップ現代が初めてかもしれません.

ヘイトクライム」.最近よく耳にするようになった言葉.しかし,私にとっては聞き慣れない言葉.多くの日本の方々にとっても同様では?

調べてみても「人種や民族,宗教など,特定の社会的集団への偏見や差別に動機づけられたいやがらせ,脅迫,物理的暴力」(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典(ヘイトクライム(へいとくらいむ)とは - コトバンク)」

障害者という言葉は辞書的な記述には見当たりません.相模原障害者殺傷事件がヘイトクライムといわれても----.

しかし,改めて「Hate  crime Handicapped(またはdisabilities)」で検索すると,かなりの記事がヒットします.書籍の出版もある.イギリス,アメリカでは障害者に対するヘイトクライムが社会問題となっている(英語のため内容はよくわかりませんが---).また,グーグル検索の第一ページ目に,Sagamiharaに触れた記事が二つありました.

番組中のレビン教授(アメリカ)の分析はとても的確に思えます.

付け加えれば,

「事件の半年ほど前,アメリカ大統領候補だったトランプ氏の演説のニュースを施設のテレビで見ているときに,周囲にいた他の職員に,入所者の殺害について言葉にした」植松被告.http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/07/26/013457

トランプ後に増加したアメリカでのヘイトクライム【米政権交代】トランプ氏勝利以後、ヘイトクライムが増加と米公民権団体 - BBCニュース トランプ氏勝利後、数え切れないほどのヘイトクライムが全米に広がる

EU離脱後に増加した(らしい:英語での記事のため間違えているかもしれません)イギリスでの障害者に対するヘイトクライム Hate crimes against disabled people soar by 40 per cent in a year | The Independent Hate crime against disabled increases by 40 per cent in a year | News | The Times & The Sunday Times

重なって見えてしまうのは,私だけでしょうか.

ただ,一つの言葉で事件を語ることで,わかったように思ってしまう.これは厳に戒めるべき.また,「優生思想」という言葉を使った考察との違いは私には理解できていません.

しかし,欧米でも比較的新しい「ヘイトクライム」という用語は,犯罪分析,社会分析,国の行動指針や価値観と深く関わっているように見えます.「ヘイトクライム」という切り口から見直すことは,欧米との共通点(時には相違点)を知り,この事件をより深く考え,なすべきことを探る上で必要なことの一つと思われます.

そして,国によって先導された「この事件を『精神障害者による特異な事案』とみなす風潮」を払拭するために,「ヘイトクライム」の視点で論じていくことがかなり有効なのでは?