障害者殺傷事件から1年
相模原市の知的障害者施設で,19人が殺害され,27人が重軽傷を負った事件.明日で一年です.
有馬嘉男 キャスター 桑子真帆 キャスター
NHKでは拘置所に勾留されている植松被告本人と,4通の手紙のやりとりを行いました.
その中で,植松被告は,3年間の施設の勤務の中で,重度の障害者が不幸の元だと確信を持ったなどと記しています.更に手紙には,事件を起こそうと考えたキッカケは,施設のテレビでニュースを見ていたときだと綴られています.「世界には不幸な人たちが沢山いる」「トランプ大統領は真実を話していると思いました」そして,手紙にいは,「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだ」「障害者を育てることは,莫大なお金と時間を失うことにつながります」と書かれていて,事件から1年経った今も,重い障害のある人たちに対する差別的な考えを持ち続けていました.
NHKは事件のあと,犠牲になった皆さんの人柄などを紹介するサイトを作りました.そして,事件への意見を寄せていただいたんです.
http://www.nhk.or.jp/d-navi/19inochi/
こちら寄せられた声は,400通を超えて,1年が経った現在もその数は増え続けています.いくつかご紹介します.
「(東京都40代主婦)私も子を持つ親として,皆様の悲しみ,怒りは想像しただけで苦しいです」
「(東京都50代会社員の男性)皆さん,それぞれ大切な命があり,人生があった.無駄な人間なんか一人もいない」
こうしたメッセージを沢山いただきました.
こうした声の中で,少なからずありましたのが,「植松被告の差別的な考え方をわかってしまう」という声でした.いわば内なる植松に気づき葛藤する声でした.
「世間には容疑者のような思いでいる人が多いのは確かです.税金の無駄遣いとかいう人もいるでしょう」
メッセージを寄せた阿部淳子(あつこ)さんです.事件に触れ,かつて自らの中にあった,差別意識を思い出したと言います.
「わからなくはないな,と思ったのは確か.人間誰しも思ってることかもしれないとすごく思いました」
阿部さんが思い起こしたのは,中学生の時に感じた思い.
(アルバムの写真を指さしながら)「この子でしたね」
知的障害のある男子生徒と同級生になったとき.突然大きな声を出してしまう様子に戸惑い,嫌悪感を抱いてしまったといいます.
「近くにいた子に絡まってきたりとかするんだけど,『来た来た』みたいな感じで拒否反応をしてて,できることなら関わらない方が楽なんじゃないかと思ったんですよね」
事件で自らの中にある偏見に気づいたという声は,他にも寄せられました.
「(40代女性)この事件は,起こるべくして起きたとも思います.誰の心にも犯人のような思想は少なからずある」
30代の女性は,コンビニで働いていたときに抱いた感情を寄せました.
「よく障害のある方がいらっしゃいました.私はその時,いつも困りました.とにかくスピードが求められるのに,レジでの会計にとても長く時間をとられます」
自分の心の中の内なる植松に戸惑う声が寄せられたのです.
こうした声は何故寄せられたのか?
作家の辺見庸さんです.
事件直後から,植松被告を生み出した社会の背景を考察すべきだと訴えてきました.
辺見庸さん「あの事件で,僕は無罪です.あなたも無罪,みんな無罪.でも,本当にそうなのか?何て思ったりするんですよ.無作為のくぐもった犯意っていうのかな,みたいなものを俺たちは帯びてないか?俺たちは心の中にもってないか?何て思ったりするわけですよ.あの青年がどういう人間なのか,何が彼をそういうふうに突き動かしたのか.ということを時間を掛けて深めていかなければいけなかったと思うんですよね」
「植松被告のような思想は誰の心の中にもある」とメッセージを送った阿部さん.
この1年,自らの気持ちと向き合う日々を送ってきました.阿部さんの長男光統(ひびき)くんには軽度の発達障害があります.
光統くん「じっとしていると,なんか,どんどん怒りやすくなってる」阿部さん「いらっとしてくるんだ?我慢してる〜ってなっちゃう?」光統くん「難しいだよ」阿部さん「難しいんだ」
光統(ひびき)くんの障害がわかった4年生のときから,息子の障害とどう向き合えばいいのか考え続けてきたといいます.
「まさか,自分の子どもがそういう(特別支援学級の)クラスに入るとは思っていなくて,まあ,自分も普通だと思ってたし,長女もそんなこともなく,なぜ彼だけ?みたいなのがあって」
阿部さんの気持ちを変えさせる出来事がありました.それは,今年三月,光統くんが小学校の卒業文集に寄せた文章です.十八歳の自分へあてたメッセージ.そこには
「高校や大学に進学できていなくても,命を大切に生活していて欲しいです.つらいいことにぶつかっても乗り越えて下さい」
困難を受け止め,真正面から向き合おうとする決意が綴られていました.
「とりあえず,何にもしてなくても,生きてることが大事だよと伝えたくて書いてるんじゃないかと思いました」
できないことがあっても,懸命に生きようとする姿にもっと目を向けていきたいと考えるようになったといいます.
阿部さん「世の中いろんな人と仕事とかでも接しているけど,みんなどこか不自由だったり,年がいっていて手が不自由だったり,とか,それでも生きてるっていうか,みんなそれでこそ生きてるというところがある.障害の大小はあるけれど,それを認めて生きていくしかない」
事件から1年,植松被告が投げかけた差別的な考え方を乗り越えるためにはどうすれば良いのか.
辺見庸さん「これは差別ではないのかというのは,学習しないと,うかつに,と言うか無意識に自分が差別する側に回って立ち回ってしまったり,そういう言動をしてしまったりするっていうことは,普通の通常の職場の中でも大いにあり得ると思いますよ.
意思表示ができなかったりするような重度障害者はリアルな実在,その実存でありリアルである人間存在をどのように受け止めるべきかをもっと深く議論し,悩み苦しむっていうことが,さしあたり,とりあえず,とても大事なんじゃないかなと思うんですよ」
有馬嘉男 キャスター「『自分で意識して学習し,向き合わないと,差別する側に廻りかねない』と,辺見さんの言葉にドキッといたしました」
桑子真帆 キャスター「誰の心の中にも存在しうる.この事に気づいて向き合うということですよね」
NHKのサイトにいただいたメッセージには,「人の心にはよい面も悪い面もある.今回の事件で,自分を省みる機会になれば」というものもありました.