精神保健福祉法の改正案: 措置入院患者を危ないと見る発想が法改正案の背景に漂っているのを改め,患者本人を本気で支援する姿勢に転換することです.原昌平/  法案は施政方針との整合性を欠き、立法根拠を失うことになります.精神障害者の差別・偏見を助長し,権利侵害の危険性のある法案を廃止し,当事者参画のもとでの再検討を求めます.日本障害者協議会

yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)2017年4月28日 より,原昌平記者の記事を一部省略して,転載させて頂きます.

また,緊急アピール-精神保健福祉法改正案について-特定非営利活動法人 日本障害者協議会」全文,及び,関連記事のいくつかのリンク先原記者の記事に続いて記載します.

なお,この記事の対象「精神保健福祉法改正案」は去る5月17日に参院本会議で可決され,衆院での審議が続いています.東京新聞:精神保健福祉法案、参院通過 措置入院患者の支援強化:政治(TOKYO Web)

 

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【3月11日】市民講演会|藤沢市

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精神保健福祉法の改正案はなぜ、つまずいているか : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

 

原記者の「医療・福祉のツボ」

2017年4月28日

精神保健福祉法の改正案はなぜ,つまずいているか 

 

原昌平(はら・しょうへい)読売新聞大阪本社編集委員

 

 国会で審議されている精神保健福祉法の改正案が,迷走しています.

 

 主な内容は,措置入院制度の強化と退院後のフォローです.政府はもともと,法改正の趣旨(目的)を説明した資料の冒頭で,昨年7月に起きた相模原市知的障害者施設殺傷事件を挙げ,「二度と同様の事件が発生しないよう,以下のポイントに留意して法整備を行う」と書いていました.つまり,事件の再発防止です.

 

 それでは,治安目的の法改正になるという批判が障害者関係の団体や野党議員から強まり,答弁に困った塩崎恭久厚生労働大臣は,その部分の趣旨説明を削除して陳謝しました.提出した法改正案の趣旨を審議中に削るのは,おそらく前代未聞です.

 

 けれども,法改正案の本文は変わっていません.では,何のための法改正なのか,やっぱり精神障害者を危険視して閉じ込め,監視を強める制度づくりではないか,との議論が続いています.政府は「監視するわけではない.支援の強化が必要だ」と説明しています.

 

 支援の強化? 本当の支援ならよいのですが,精神科の入院患者や地域で暮らす精神障害者を支援するために,政府は,はたしてどれだけのことをしてきたでしょうか.入院患者の人権を守るしくみは整っているのでしょうか? 退院支援を本気で進めてきたでしょうか? 地域生活を支える福祉に力を注いできたでしょうか? そのアンバランスに,つまずきの要因があると思います.

 

相模原事件の原因を取り違えていないか

  このコラムでも以前に書いたように,相模原事件の原因は精神障害ではなく,知的障害者生存権を否定する差別思想と見るべきです(「 相模原事件再考(上)(下) 」参照).

 原 昌平 yomiDr. / ヨミドクター 相模原事件再考(上)2017年3月10日 yachikusakusaki's blog

原昌平 yomiDr. / ヨミドクター 相模原事件再考(下)2017年3月17日 - yachikusakusaki's blog

差別的な考え方を社会からなくしていく取り組みが肝心であり,精神障害者への対策で防ごうというのは的外れです.

 

 植松聖被告は捜査段階の精神鑑定で「完全責任能力があった.自己愛性パーソナリティー障害などがある」と判断されたと報道されています.鑑定の具体的内容は公表されていませんが,かりに,今回の鑑定が正しいとしても,パーソナリティー障害は思考特性や行動特性の「傾向・程度」であって,差別思想に直結するわけではありません.はたしてパーソナリティー障害が犯行原因だとする鑑定になっているのかどうかも不明です.なのに,精神障害のせいだと決めつけて法制度を作ったら,偏見を助長することになります.

 

精神保健福祉法の目的は,事件防止ではない

  精神保健福祉法は,その目的を次のように定めています.

 

     第1条 この法律は,精神障害者の医療及び保護を行い,障害者総合支援法と相まつてその社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い,並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによつて,精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ることを目的とする.

 

 つまり目的は,精神障害者の福祉の増進,国民の精神保健の向上であり,そのために行うことは医療,保護,援助,保健予防活動です.社会防衛(治安対策)は,まったく登場しません.

 

 措置入院は,自傷または他害のおそれのある精神障害者を対象に,行政権限(知事または政令市長の命令)で行われますが,法律の目的に照らすと,医療や保護を行うのは,患者本人のためと解釈されています.他害行為についても,それを防ぐほうが本人の利益になる,という考え方によって強制入院が正当化されるという解釈が一般的です.実際の運用はともかく,少なくとも建前上は,治安対策のための法律ではないわけです.

 

 にもかかわらず,法改正にあたって事件の再発防止を掲げたら,おかしい.この矛盾を突かれて,塩崎大臣が確かにまずいと判断したから,改正案の趣旨から再発防止目的を削除したわけです.

 

 とはいえ,法改正案は,政府が相模原事件の検証と再発防止策を検討するために精神科医などの専門家を集めたチームの報告をベースに作られました.しかも,昨年9月の中間とりまとめの段階で,検討チームがいったん合意した内容を,塩崎大臣が指示して,自分の意向に合うよう大幅に書き換えさせてから受け取ったといういきさつがあります.再発防止目的の言葉を削っただけで法案の性格が変わるものではないでしょう.

 

措置入院の解除が遅くなるおそれ

  改正案の内容のうち,措置入院開始の妥当性に対する精神医療審査会による審査の新設,措置入院の診療ガイドラインの整備,院内での退院後生活環境相談員の選任はよいでしょう.

 

 次に,行政(保健所設置自治体)が中心になって,本人,家族,医療・福祉・市町村など関係機関の担当者を集めて個別ケース検討会議(調整会議)を開き,退院後支援計画を作成する,となっています.これは原則として入院中に行われます.この点はどうでしょうか.

 

(中略)

 

生活の安定と孤立防止は,幅広く必要

 

(中略)

 

警察に氏名や病状が伝わる可能性

 

(中略)

 

監視の不安は,病状の悪化を招きかねない

  警察への情報提供が,なぜ問題なのでしょうか.

 

 警察に情報が伝わる可能性は,患者の不安を高めます.それでなくても精神障害者の中には,警察に監視されているという妄想を持つ人が珍しくないのに,妄想が現実化してしまいます.病状の悪化につながりかねません.薬物依存の場合,違法薬物の使用が医療機関から警察に伝わって処罰につながるようでは,医療スタッフと信頼関係を築けず,治療の妨げになります.

 

 そもそも精神障害の有無,その病状は,高度なプライバシー(センシティブ情報)です.公的機関だからといって,明確な利用目的と本人の同意がない状況で情報を伝えるのは,行政機関の個人情報保護法の考え方に照らしても,適切と言えないでしょう.

 

 それでも事件を防げるなら,と考えるなら,まさに治安目的の制度になってしまいます.

 

 刑務所を出所した人の中には,再犯のおそれのある人がいるでしょうが,警察への情報提供は基本的に行われません.仮出所した人の再犯防止は法務省保護観察所が担当しますが,刑期を終えた人の動向を権力機関が監視する制度はありません.人権上,問題があるからです.満期出所した人への地域生活定着支援事業は,純粋に福祉的支援です.

 

 それに比べ,少なくとも心神喪失者等医療観察法の施行(2005年7月)の後,措置入院になった患者は,重大な他害事件を起こしたわけではありません.性質として凶悪な行為をする「サイコパス」なら,最初から刑事処罰の対象です(ほとんどの精神障害者の実像とは,まるで違います).

 

 警察への連絡は,犯罪としてぜひとも処罰すべき案件がある場合,他者または本人の生命・身体に具体的な危険が生じた場合,本人が自主的に希望した場合に,限定すべきでしょう.

 

患者の味方になる人を付けよう

  精神保健福祉法による入院には,大きな欠陥があります.措置入院医療保護入院といった強制入院は,人身の自由を奪うものなのに,患者の味方になる人が付く制度がありません.また,任意入院の場合を含めて精神科の入院中には,保護室などへの隔離,身体拘束,通信・面会・外出の自由の制限など,人権の制限がしばしば行われ,病院職員による虐待事件も少なからず起きているのに,患者の権利を守る人が付くしくみがないのです.

 

 本人・家族・代理人が退院請求,処遇改善請求をすれば,行政から独立した精神医療審査会が審査する制度はありますが,請求自体が少なく,ろくに機能していません.

 

 権利擁護があまりにも不備なのです.しかも強制入院や隔離,身体拘束は,この十数年,増え続けています.支援を強調するなら,それらの改革こそ,最優先で取り組むべき課題です.

 

 措置入院制度を見直すなら,患者の付添人として弁護士と,病院からも行政からも独立した精神保健福祉士を必ず付けるしくみを導入してはどうでしょうか.患者が自分の味方と思える人を付けるほうが,入院中からの退院支援,退院後の継続的支援,精神的な安定に結びつくでしょう.

 

 措置入院患者を危ないと見る発想が法改正案の背景に漂っているのを改め,患者本人を本気で支援する姿勢に転換することです.

 

以上

 

 

 

関連記事

2017年4月17日

緊急アピール
 -精神保健福祉法改正案について-

特定非営利活動法人 日本障害者協議会(JD)
代表 藤井 克徳


 現在、国会で審議中の精神保健福祉法改正案について、当会は3月30日、1)相模原事件の検証と徹底究明、2)根拠がない法改正案で再考すべき、3)強制入院における権利擁護の仕組みの創設を求めるという3点を柱とした意見を表明し、厚生労働省および衆参厚生労働委員会委員へ送りました。

 ところが、4月13日の参議院厚生労働委員会で、法案の趣旨に書かれていた「相模原市の障害者支援施設の事件では、犯罪予告通り実施され、多くの被害を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう、以下のポイントに留意して法整備を行う」という文章が削除され、いくつか修正もされて再提出されるという、野党議員ばかりか与党議員も驚愕する事態がおきたのです。社会保障審議会障害者部会の審議を経て閣議決定された内容が修正されるなど、前代未聞の出来事で、あるまじきことでしょう。

 一方、本年1月20日、安倍総理大臣は第193回国会施政方針演説で「昨年七月、障害者施設で何の罪もない多くの方々の命が奪われました。決してあってはならない事件であり、断じて許せません。精神保健福祉法を改正し、措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかりと講じてまいります」と述べ、精神保健福祉法の改正によって再発防止することを明言しました。つまり、法案の趣旨の削除部分と同趣旨のことを述べているのです。削除が成るとすると、施政方針の当該部分の有効性が問われることになります。これはこれで、看過できない問題です。

 いずれにしても、法案は施政方針との整合性を欠き、立法根拠を失うことになります。もはや国会審議に耐えられないように思います。  ここに、改めて、精神障害者の差別・偏見を助長し、権利侵害の危険性のある法案を廃止し、当事者参画のもとでの再検討を求めます。
 以上      

 

その他の記事リンク先

精神保健福祉法「改正」関連報道

精神障害/精神医療 2017

精神保健福祉法改正案審議に関する緊急声明 | 全国「精神病」者集団

津久井やまゆり園と事件について 尾野剛志家族会前会長が語る+相模原市障害者施設「津久井やまゆり園」殺傷事件の 2月24日の起訴を受けて 共同連代表 堀 利和 ( メンタルヘルス ) - 精神障がい者の解放をめざして…心病める人へのメッセージと討論の場 - Yahoo!ブログ

http://www.japsw.or.jp/ugoki/yobo/2016.html

(私の視点)措置入院の法改正 精神障害者への人権侵害だ 姜文江:朝日新聞デジタル