1.チューリップが咲きました.
全ての種類ではありませんが.我が家では黄色のものが早いようです.
チューリップはあまり長く咲かない,掘り起こさないと次の年には楽しめない,という,私のようなものぐさに適した花ではありませんが,毎年楽しませてもらっています.
わすれな草と一緒に咲かせるのは,もう10年以上恒例.初めて庭造りをしたときに手伝ってくれたステキな方の好みということもあって.以前は広く地植えにしてなかなか見応えがあったのですが,今は残念ながら小さなポットでの栽培.
いずれにせよ春を知らせる大事な花の1つ.4月は桜だけではなく,日本各地の公園でも,チューリップフェアが開催されます.
砺波チューリップ公園(富山県砺波市) となみチューリップフェア 2017年4月21日(金)~5月5日(金・祝) となみチューリップフェア|イベント|とやま観光ナビ
国営越後丘陵公園(新潟県長岡市)チューリップまつり 2017年04月15日(土)〜 5月7日(日)チューリップ - 新潟県の花|国営越後丘陵公園
第29回 佐倉チューリップフェスタ | 佐倉市公式ウェブサイト 淡路島 国営明石海峡公園 | 花とみどり
富山と新潟の公園を紹介したのは,規模が大きいこと.そして,
この両県が日本のチューリップの二大産地ということで.
球根生産は富山がトップとのことですが---.ほぼ同程度の数を新潟も産出しているようです.いずれにしても球根の生産では両県で全国シェアのほぼ100%(やや古い情報ですが).北陸農政局/今月の園芸特産作物:1月 チューリップ
両県ともに,チューリップの球根栽培を先駆的に行った方がおいでとのこと.新潟では偉業をたたえて「日本チューリップ発祥の地記念碑」も建てられています.
発祥の地コレクション/日本チューリップ発祥の地記念碑 とやまのチューリップ|富山県
2.チューリップの基礎知識とその歴史
チューリップ tulipをランダムハウス英語辞典で引いてみると,
【1】チューリップ:ユリ科チューリップ属 Tulipa の植物の総称.
▶花言葉
red tulip は declaration of love(愛情の宣言),
yellow tulip は hopeless love(見込みのない愛).
色によって花言葉がかなり違う.今,我が家で咲いている黄色は「見込みのない愛」だって?
ほかの色を調べてみると 春色チューリップ|ちゅーりっぷの育て方や品種・名所を紹介
白『新しい恋・失われた愛・失恋』
紫『不滅の愛・永遠の愛・私は愛に燃える』
緑『美しい瞳』
ピンク『恋する年頃・愛の芽生え・誠実な愛』
斑入り『疑惑の愛』
【2】1の花[球根].
[1578.<近代ラテン語 tulipa〔イタリア語 tulipano(形容詞と解釈された)からの逆成〕;tulipano<トルコ語 tülbent ターバン(形が似ているところから);→TURBAN]
語源はターバンだったんですね!
チューリップの種類と分類
みんなの趣味の園芸 チューリップとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版 では
「チューリップは花も葉もシンプルで美しく,世界中で人気のある球根植物です.これまでに数えられないほどの品種が誕生し,現在の品種リストには5000を超える品種が登録され,およそ1000品種が世界中で育てられています.品種は,開花期の早生,中生,晩生そして原種の4つに大別され,さらに来歴,花形と草姿などによって15系統に分類されています」
とのこと.
チューリップ ユリ富山県花卉球根農業協同組合| チューリップの開花期と系統(品種編)
歴史とチューリップバブル
今では世界中で愛されているこのチューリップ.その歴史について記載しているウェブサイトもたくさんありましたが,その内の1つ,チューリップの歴史|春色チューリップから(このサイトにはその他のチューリップ情報も満載.興味のあり方は訪れてみては?).
もともとチューリップは中国の西部に位置するチベット,中東から地中海沿岸の地域で咲いていたと考えられています.これは,それらの地域に移住してきたトルコ民族によって植えられたもの….
そして,ちょうどオーストリアの大使としてトルコにいたA・G・ブズベックによって,初めてチューリップがヨーロッパに持ち込まれました.
ヨーロッパにチューリップが持ち込まれると,あっという間に注目の的となりました.けれど,オランダやドイツの人々はチューリップを“高貴の花”と考えていたため,上流階級の人々にしか普及していませんでした.
-----
それから,しばらくしてオランダを中心に一大ブームが巻き起こることになります
-----
そして,その大ブームは17世紀に入り,起こりました.オランダやドイツの商人たちは,競い合いながら球根を高値で取引していました.多くの人がチューリップに釘付けになっていたこの時期は,「チューリップ狂時代」または「チューリップ熱(チューリップマニア)」と呼ばれました.
このとき,人々を特に魅了したのが斑(ふ)入りのチューリップ.
もとはこのチューリップ,モザイク病という病気にかかったものでした.けれど,病気の原因が分からないまま,新しい品種として注目を集めるようになっていきました.それから幾度となく品種改良が行われ,色鮮やかなチューリップが数多く栽培されるようになりました..このころから外国の花を楽しむという習慣が生まれ,それが草花や木を楽しむガーデニングの始まりへとつながっていきます.
日本での歴史.日本でチューリップの歴史が始まったのは,l863年のことだと言われています.当時,日本では薬草のウコンの仲間と勘違いされていたので「鬱金香(うこんこう)」と名付けられました.まだ数も少なかったため,一部の上流階級の人々や外国人が楽しむものと思われていました.日本もチューリップが入ってきたばかりのときは,庶民の手には届かず,ヨーロッパと同じような状況だったんですね.チューリップの切花は1本5銭という高い値段で売れました(ちなみに,当時の1日の労働賃金はl0銭~20銭でした).そして,江戸の末期になると,チューリップ栽培が少しずつ始まりました.こうして,明治40年頃には本格的に栽培されていったのです.そんな中,米どころとして有名な新潟や富山でもお米の裏作としてチューリップに着目し,他の地域に比べて,より熱心に栽培していたことから,生産地として知られるようになりました.そんなわけで,今は新潟や富山以外に,鳥取などでも栽培が盛んに行われています.
オランダの「チューリップマニア」または「チューリップバブル」については,その他にもたくさんのサイトを参照できます.例えば
(本も出版されています.検索してみて下さい)
「チューリップの球根が活発に売買されるようになり,激しいチューリップ投機が発生.価格は1623年から1637年にかけて特に急騰し,例えば,センペル・アウフスツスは球根1個が1624年には1,200フロリンだったが,翌1625年には3,000フロリン,1633年には5,000フロリン,1637年にはなんと3個の球根が30,000フロリンまで急騰した.ちなみに,アムステルダムの運河沿いの家は当時10,000フロリンほどで買うことができた」
「1637年,球根を扱う商人がすでに異常に高騰してしまっていた価格で球根を販売することが出来なくなり,相場の大暴落が起きました.このニュースは瞬く間に広まり,市場は崩壊しました..その後,2ヵ月も経たないうちに,多くの国で活躍していた数千のオランダ人ビジネスマンが続々と失脚していきました. 1637年に起きた瞬く間の出来事でした」
バブルはいつの時代にも起こるものですが---チューリップバブルには驚きますね.
でもこれは他国のことと笑ってはいられない歴史も---
「江戸時代、寛政年間に葉に斑が入るヤブコウジが好事家の間で人気を呼び、多くの品種がつくられました。その後、明治20年ごろから新潟県で再び流行し、明治27年には全国にブームが伝播.投機の対象として、生産者や趣味家だけではなく一般市民も巻き込み、現在の価格で1000万円もの高値で取り引きされました」
yachikusakusaki.hatenablog.com
最後は再び我が家の庭から