「来た来た来た」「あっ,こっち向いたこっち向いた」
(映像 保育園の児童)
「ゾウさん見えた?」
(象の鳴き声)
「(大きな声で)お早うー,朝だよ」
道ばたから,キリンと象が見られる秘密の場所がある.
(若い女性)「ちょっとしたウォーキングの道路なのに,歩きながらキリンが見られるってすごいぜいたくじゃないですか.うふふふふ」
去年の春,大きな地震に襲われた熊本市の動物園.あの日以来,園の機能は止まったまま.でも,ここに来れば,外から元気な動物たちを見ることができる.
(中年の男性)「ただ見,失礼ばってんかですがね.キリンさんももうずっと毎日ですたい」
地震からまもなく1年.フェンスの向こうのキリンたちを,熊本に人はどんな思いで眺めてきたんだろう.
(男の子をだっこしたおかあさん)「おーい」
タイトル:ドキュメント72時間 2017年3月10日(金) 午後10:50~午後11:15 2017年3月16日(木) 午前1:00~午前1:25 [水曜深夜]
ドキュメント72時間 - NHK NHKネットクラブ 番組詳細(ドキュメント72時間「キリンが見える散歩道」)
2月11日 土曜日
10:00
熊本市の中心部から30分.休園中の動物園はひっそりと静まりかえっていた.
園のまわりの散歩道を歩いて行くと(道路には亀裂),
(姉妹2人と父親)
「あっ,キリンいた.パパ,キリン」「あっ.キリンだ」
ひなたぼっこする動物の姿が.
(土手を上る姉妹)
「見える.いたぞ,あそこにいる」「なんか食べてる」「えさ食ってる」
散歩やジョギングで,地元の人が行き交うこの場所.震災後は足を止める人も増えたという.
「汗,すごいしたたり落ちてますね」
「帽子から,ぼたぼた落ちてます.走ってるとき」
近所に住む男性(72歳).以前はよくお孫さんと動物園に来ていたそう.
「子どもたちにキリンの歌を歌ってやるんですよ.ははは.
ゾウさんの場合はゾウさんゾウさんお鼻が長いのね.そうよ,母さんも長いのよ.でしょ.これをキリンさんに変えるだけです.キリーンさんキリーンさん,お首が長いのね.そうよ,母さんも長いのよ.それだけです.
あっはは.動物園に行かないんで,早くひらかないかなと思ってるんですけど」
じっとキリンを見つめる人.
「可愛いですね」「びっくりした」「大丈夫ですか」「ふふふふふっ」
「ずいぶん見てらっしゃいますね」
(建設業44歳女性)
「地震の前にすぐそこに引っ越してきたばかりで,すぐ近いんで,いつでも動物園に来られると思ってたんですけれど--.地震になって,もう全然それどころじゃなかったんで」
ずっと仕事で,仮設住宅の建設に追われていたという.ようやく少し落ち着いてキリンに会いに来たらしい.
「動物もビックリしたでしょうね.多分.あんなに揺れたら.見れるときに見ておこうと思ってずっと見てました(笑い).そろそろ心に余裕が」
14:30(4時間経過)
午後,小さな子どもを連れた家族が増えてきた.
(小さい子ども連れの夫婦.キックスクーターを携えて)
「なんかうわさ.キリンが見えるって言ってたの,ママが言ってたよね.」「そうそう」「ママも誰かから聞いたってことだよね」「ママ友に」
(子連れの母子.抱き上げて)
「ほらっ.ゾウさん」
「動物園にしても,熊本城も(復旧が)まだだし,でも私たちは普通に暮らしてるし,みたいなところで,なんだろ,日常のままの所と,全然日常に戻らないところの差がありすぎて,ちょっと気持ちがついていかないって言うのがホンネかもしれないな」
「バイバイ」「バイバイ」
止まっているような動いているような時間の流れ.
16時14分(6時間経過)
午後4時過ぎ.動物たちは建物の中へ.でもまだ人通りは絶えない.
(二人連れの女性)
「さっきキリンの影があそこに見えました.キリンの足が,窓ガラスから.ちょびっとだけ」
キリンを見のがした女の子たち.今日ここに来たのには訳があるらしい.
「ちょっと私が本当は休日で福岡に行く予定だったんですけど、雪で途中でバスが止まっちゃったので」「熊本でおろされちゃったので」
以前,熊本の大学に通っていたという彼女.久しぶりに同級生に連絡し,懐かしい動物園にやって来たそう.
「本当,偶然だったんですね」「偶然です」
「はい.(隣の彼女の大きくなったお腹をさすりながら)でも生まれる前に会いたいなって思ってたので良かった」
「うん,良かった良かった」
離れている間に,友達のお腹には赤ちゃんが.
「あと,一ヶ月ちょいで生まれます.1ヶ月半ぐらいで」
「気をつけて,ありがとうございます」
次に来るときは,赤ちゃんも一緒にキリンを見られるかな.
日暮れ前.
(犬を連れた男性,食品メーカー64歳)
「工事だと思いますけど,震災の」
毎日散歩しているという男性.動物園のすぐそこにお気に入りの場所があるという.
「すごい景色ですね」「ばっちりですね.今日は」
でも,町の方を見ると大きなブルーシートが.復旧工事は進んでいるけど,今も熊本では4万人以上が自宅に戻れないでいる.
「学校の時のですね,友達がやっぱり仮設住宅に入っているんですよ.
家が倒壊して,予期しないことが,ねー,予想外ですもんね.今まで生活しよっとが,あの一瞬で逆転したみたいな感じですからね.考えれば」
穏やかな景色を前にしても,心に浮かぶのはあの日のこと.
2月12日 日曜日
7:30 (21時間経過)
(詩吟)
朝の湖に詩吟の声が響き渡っていた.
(近所からの70代男性)
「ここは,動物しか聞いとらんからですね.
誰もおらんばってんから,カモなっと,聞いてくれるだろうと思って.歌いよるわけですたい」
心行くまで歌ったら,柵の前に向かうのがお決まりのコース.
「キリンさんも,もう,毎日ですたい.
タダ見,失礼ばってんかですね.皆さん,このキリンさん見てから,元気もらいますよ.ほんと」
9:26 23時間経過
(ゾウの鳴き声)
金網に張り付く大人が一人.
「お早うございます.
今,NHKでですね.こちらのゾウさん,取材しているんですけど.ずっと,あれですね,声かけてましたね」
「毎週来ているんで」「毎週.お休みの日に?」
レジャー施設勤務56歳男性
「大体この時間に(ゾウが)出てくるんですよ.時間が決まっているので,それに合わせて」「あーそうなんだ」
毎週日曜日,2時間のランニングを終えると必ず立ち寄るそう.
「出てきたときの声がいいんですよ.
(ゾウ同士が)離れてるじゃないですか.出てきて一緒になるとパオーンって.すごい地響きのするような音が鳴るんですよね」
(鳴き声)
「奥さんと一緒に来たり?」「いや来ません来ません」
「一人ですか?」「一人の方が良いです」
(電話の着信音)あれ電話がかかってきた.「すみません」
「今あの---.ちょっとまた折り返します」
「奥さんから?」「そうです.『何やってるの?』って」
「奥さんには敬語?」「かみさんですか?ああ.いや---.まあ,でも,ねえ---」
「ウチもそうですけど」「『すみません』とか言ったりして」
独り占めしたい時間がここにはある.
キリンにスマホを向ける女性.(主婦55歳)
「何されてたんですか?」
「さっき撮ったキリンの写真とか送ったりとか」
関東に暮らす三人の息子に,いつも動物園の写真を送っているそう.
「お返事きたんですか?」
「あ〜,お返事?今日来てない---.あー来てる来てる」
「何て返って来ました?」
「『相変わらず壁なめてるね』って.ちょっと“餌まき”の一つになるから.疑似餌を投げて,キリンが疑似餌.うふふふふ」
いくらメイルをしても,なかなか返事をくれない我が子.つながりたい気持ちを,キリンに託す.(メイル)“キリンさんにもさようならー”
「ありがとうございます」「はーい.どうも」
12:58
「おっはよー 朝だよー こっちおいで. 来た来た来た.ほら.来た来たー」
嬉しそうにキリンに声をかける人.
「あっ,赤ちゃんが後から---.あの人お兄ちゃんなの.お兄ちゃん,ちょっとこっちおいで.こっちおいでおいで.ここおいで」
おっ.分かってるのかな.
「こっち向いて,こっち向いて!シュウヘイ君!シュウヘイ君」
地震の半年後に生まれた幼いキリン.
平穏な日々が戻ることを願い,秋平(シュウヘイ)と名付けられた.
〈カメラは動物園の中へ
「こんにちは.お仕事中,すみません.お忙しい中」
「撮ってるんですね」「そうです.ここから入っていいですか?」
地震から10ヶ月.園内には今も当時の痕跡が.
「大丈夫ですか」「はい,どうぞ」
「こっちは一切もうダメです.まだこんな状態ですので」
(道路の舗装ははげたり,大きな亀裂が)
「排水も全部やられてしまって」
地盤沈下や断水.完全復旧には1年以上かかる見込み
不安な日々に生まれた小さな希望.皆で大切に見守ってきた.
「みんな暗い中に,新しい命が誕生して,感動しましたもんね.
もう早く皆さんに見て頂きたくて」〉
6:37 2月13日
44時間経過
(体操する女性)
地震が起きたあの日.動物たちの命をつないだ物がある.
湖の畔からわき出る水.
江津湖の湧水 | スタッフブログ|[公式]熊本市水前寺江津湖公園
そんな水を汲みに来ている女性がいた.
「なんか,すごいエネルギーにあふれているって感じがします.すごい温かいんです.寒い日ほど温かいです」
地震の話を聞くと,返ってきたのは,すこし意外な答え.
「怖いって思ってる人とかも,いっぱいいたけど,私はなんか違ったんですね.なんか.なんか家族が一つの家に集まってたので,なかなかみんながそうやって暮らすときなかったから.私は楽しかったんですよ.なんか揺れるんですけど,めちゃ揺れて.地震の時に楽しいとか言っちゃいけないのかなとか思ってたけど.まあ元気な方が良いかなと思って.みんな私が話したら,笑ってました.『まじで』とか」
「これからお仕事ですか」「はい,仕事です.今から着替えて間に合うかな.みたいな感じです.頑張って行ってきます」「お気をつけて」「ありがとうございます」「ありがとうございます」
10:29 (48時間経過)
仲良く並んで立つ二人.
「(スマホを取り出し)ペンギン見ますか?」「動画?」「動画」「あっ.これは?」「ここの動物園」「まだ動いてるときの?」「そうです.動いてるときの」
「二人で若い時から何度も通っている?」「若い時は子育てに忙しくって」「私も子育てに参加してなかったから,良く怒られてました.母子家庭じゃないって」
最近一緒にウォーキングを始めたというご夫婦.キッカケはお酒好きの旦那さんが糖尿病を患った事.
「最近宣言したんですけど,木曜日以外は,ちょっと友達が来る以外は,もうお酒を飲まないと先週宣言されました」「1日おきぐらいになってる」
「ちょっとね.お酒の量があれなので.自分でコントロールしようと思ったことは良かったかなと思ってます」
これまで毎日飲み歩いていた旦那さん.でも今は,二人の散歩が心安らぐひととき.
「ショウヘイくんだっけ?シュウヘイ君だっけ?」「秋平君と冬真君」
「身近なところに動物園があるから,本当にありがたいですよね」
良く晴れた午後.一組の夫婦がやって来た.
「こんにちは」「こんにちは」
「外から見えるとは思わなかったね.外からタダで見られるだなと思って.ラッキースポットじゃないかみたいな感じ」
散歩していたら,たまたまキリンを発見したそう.
「出産が近いんで.もう予定日過ぎたんですよね.で,散歩して出す,みたいな状態です」「ははははは」
「出産日はいつだったんです?」「出産(予定)日は11日でした.おととい?」「おとといかな」
「早く生まれてほしいなと思って」「もうじき出てくると思います」
「楽しみしかないっす」「早くうつぶせで寝たいです.寝返りを打つのが大変」
新しい命を待ちわびながら,流れる時間に身を委ねる.
「じゃあ,帰りましょうか」「キリンも帰ったところで,うちらも帰ります」
「ありがとうございました」「ご苦労様です」
2月14日 火曜日
07:06 (69時間経過)
(詩吟)(バックグラウンドミュージック 川べりの家 松崎ナオ)
近くの保育園からお散歩に
「実習中です」
「ということは今---?」「今日から実習です」「今日から?」「はい」
「失礼します」「ありがとうございます」
この春地震から一年を迎える熊本
動物園は現在週末だけ部分開業している.
語り 勝地 涼 テーマ曲 松崎 ナオ
川べりの家
大人になってゆくほど 涙がよく出てしまうのは
1人で生きて行けるからだと信じて止まない
それでも淋しいのも知ってるから
あたたかい場所へ行こうよ
川のせせらぎが聞こえる家を借りて耳をすまし
その静けさや激しさを覚えてゆく
歌は水に溶けてゆき そこだけ水色
幸せを守るのではなく 分けてあげる
なるべく大きくて なるべくりっぱな水槽を
自転車で買いに行き はなしてやろう
なんて奇跡の色を持っているの
キラキラ揺らめいてる
水溜まりに映っている ボクの家は青く透け
指でいくらかき混ぜても もどってくる
とても儚ないものだから 大切にして
一瞬しかない