「それ(=優生思想的な発想が生まれる土壌や,市場原理主義が生むさまざまな破綻といった事件の背景)を抜きに措置入院制度がどうとか,施設の防犯対策がどうということだけでは,少しも根本問題に入っていけません.」藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(6)   (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より

日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために. 藤井克徳 ( 6 )

(生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より

 

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「この事件は現代日本社会の投影であり,障害者問題の縮図」「これまで感じたことのない怖さ」「自分達(障害当事者)に刃先が向けられている感じ」「これでまた精神疾患者への偏見が増すのではないか」藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(1) (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より - yachikusakusaki's blog

「事件後の対応や関連する動きがあまりに不可解」「本質的な問題を内包しているように思います.あのような大事件で被害者の実名を伏せるということは,社会通念としてありえないのではないでしょうか」「こうしたあつかいは,死んでからも続く差別と言っていいのではないでしょうか」藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(2) (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より - yachikusakusaki's blog

「(事件に分け入って)まず第一に,この事件にかかわる問題として,優生思想の観点を挙げたい」」藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(3) (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より - yachikusakusaki's blog

「個々に理性が求められ,  社会的には法的な規範など,社会的なシステムとしてこれ(優生思想的発言)を抑制する仕組みがつくられているのです.  個々にも社会的にも,絶えず戒めあうことが重要です」藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(4) (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より - yachikusakusaki's blog

「生産性,経済性,効率,速度といったものが,いつからか人間の価値を計るバロメーターになってしまいました」「そのなかで障害者に向けられるまなざしとはどのようなものか.彼の障害者観は,そうした価値観に少なからず影響を受けているように思います藤井克徳さん ''日本社会のあり方を根本から問い,犠牲者に報いるために''(5) (生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの 大月書店)より - yachikusakusaki's blog

 

的外れの政府の対応

三つめの問題として,日本政府の事件後の対応が,あまりにも対症療法的なものにとどまっている点を指摘したいと思います.センセーショナルさに押され,何かしなくてはいけないという政治パフォーマンスとしかみえません.具体的に出てきた対策としては措置入院制度の見直し,それから防犯対策を徹底しましょうという事でした.

先に述べたような優生思想的な発想が生まれる土壌や,市場原理主義が生むさまざまな破綻といったものを事件の背景として考えながら,その上に措置入院制度のありようを見直すとか防犯対策というのがあってもいいかもしれません.しかし,それを抜きに措置入院制度がどうとか,施設の防犯対策がどうということだけでは,少しも根本問題に入っていけません.

気になるのは,日本の精神障害者政策は,常に事件とセットで動いてきたということです.例えばライシャワー事件(注2)で精神病棟の病床が増えていったことや,池田小学校事件(注3)を受けて心身医療観察制度ができたこと.今回もまた,この事件に対する非常に感情的なリアクションとして政策が出てくるのであれば,決していいものにはならないだろうと思います.せいぜい社会防衛策の強化や,防犯対策の強化によってますます地域と施設が遠ざかってしまうようなことしか,私にはイメージできません.そういう点からも,政府や厚労省の対応策には問題が多いと思います.

 

障害者権利条約を羅針盤

2014年1月に日本政府は障害者権利条約(障害のある人の権利条約)を批准し,2016年6月末に第一回目の政府レポートを国連に提出しています.障害者を差別してはならないとする世界ルールを私たちの国は手にしました.また,この4月からは障害者差別解消法が施行されています.

これらの中に,すでに答があります.端的に言うと,この社会のあり方を障害という視点から問い直すこと,それと同時に当面の障害者政策のあり方という,二つの面で考えていく必要があるでしょう.

社会のあり方に関しては,すでに述べた通り,現在の社会全体が過剰な市場原理主義,競争原理主義に則った,すなわち屈強な男性中心の社会に傾斜していることを改めることです.綱引きの綱がピンと張っているとすると,真ん中の赤いリボンが強者の側にじわじわと寄っているわけですが,今回の事件を通して,また権利条約を羅針盤に,社会の標準値,中央値を見直していかなければなりません.その延長線の上で,こうした価値観に影響を受けている社会保障制度や社会福祉政策,障害者政策を正道に戻していく必要があります.

かって,国連は,国際障害者年(1981年)に関連した決議文で,「障害者を閉め出す社会は危うく脆い(もろい)」と明言しました.残念ながら,今回の事件は日本社会が「弱く脆い」ことを露呈してしまいました.

 

(以下続く 予定)

 

注2 ライシャワー事件-----1964年3月に,駐日アメリカ大使エドウィン・ライシャワーが当時19歳の男にナイフで刺され重傷を負った事件.容疑者に精神科治療歴があったことから国会でも議論を呼び,翌65年に精神衛生法が改正された.この改正で,保健所による在宅精神障害者への訪問指導の強化,精神衛生センターの設置,通院医療費公費負担制度のほか,警察官等による通報・届出制度が強化され,自傷他害の程度が著しい場合の緊急措置入院制度が設けられた.

注3 池田小事件-----2001年6月,大阪教育大学付属池田小学校に侵入した男が無差別に児童を刺し,児童8名が死亡,児童13名と教員2名が傷害を負った事件.容疑者に措置入院歴があったことから,心神喪失で重大な他害行為をおこなった者の処遇が議論され,2003年に心神喪失医療観察法が制定された.

ブログ注

池田小事件の報道の教訓

  なぜ、精神科の診断はあてにならないと強調するのか。2001年6月に児童8人が殺害された大阪教育大付属池田小学校事件の教訓があるからです。

  池田小事件の犯人は、精神病の診断で過去に何回も入院し、傷害事件を起こしたあと精神障害を理由に不起訴になって措置入院していた時期もありました。

 それを受けて精神障害による犯行という印象を与える初期報道が行われたのですが、人物像や行動を調べていくと様相が変わり、やがて本人が病気を装い、周囲の関係者がだまされていたことがわかってきました。

 裁判では、証人出廷したすべての医師と鑑定人が精神病を否定し、過去の病名についても「保険請求のための診断名」「前の医師がそういう病名をつけていたから」といった証言がありました。結局、極端な人格ではあるが精神病ではないとして完全な刑事責任能力を認めた1審判決が確定し、死刑が執行されました。

過去の新聞/記事から ''精神科には多種多様な診断名があり、つけようと思えば、たいていの人に診断名をつけることができます'' (相模原の事件で問われることは何か 原昌平読売新聞記者 2016年7月29日) - yachikusakusaki's blog