ビートたけしさんの衰えぬ鋭い一言「(トランプ氏率いる『世界の警察官ではない』米国は)世界の『暴力団』になるんだろう」布施広の地球議 毎日新聞 / 平和の扇動者チャップリンの笑いの力「この(『独裁者』ラストの)演説が世界に響き渡った頃,希代の演説家ヒトラーの演説は激減していった.--- 笑いものにされたことで,強力な武器だった『イメージ』を失ってしまったのだ.メディア上で両者の闘いは,リアルな戦場よりずっと先に始まり,ずっと先に終わっていた」大野裕之さん 笑い命さざめく 東京新聞夕刊

ビートたけしさん & チャップリンについて語った新聞記事二つを掲載します.1週間以上前のものですが---. 明日のトランプ新大統領の就任を前にして.

 

まだまだ弁舌鋭いビートたけしさん

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http://mainichi.jp/articles/20170113/ddm/007/070/025000c

布施広の地球議 

「世界の暴力団」に? 毎日新聞2017年1月13日 東京朝刊 

真実は平易な言葉に宿るらしい。

  米国は「世界の警察官」ではないとするトランプ次期大統領について、ビートたけしさんが言った。

「世界の暴力団になるんだろう。警察と暴力団。似たようなものだよ」。8日のバラエティー番組「TVタックル」(テレビ朝日系)の一コマだ。

 面白いので録画して何度も見た。警察と暴力団はもちろん違うから暴言の類ではあるが、一面の真理は見て取れる。

多様な価値観と利害が絡む国際政治において正義は常に相対的だ。2003年のイラク戦争を挙げるまでもない。米国がこの戦争を是としても、多くの国々は明白な侵略行為と見たのである。

 心配なのは、国益を露骨に追求するロシアや中国に続いて米国が利己的な傾向を強め、理念が薄れて力が前面に出てくることだ。トランプ氏は同盟国に米軍駐留経費の大幅増額を要求し、巨額の軍備拡張への「奉加帳」を日本などに回す可能性もある。たけし流に言えば、暴力団が飲食店などから徴収する用心棒代(みかじめ料)といったところか。

 同盟国との共通の価値観や理念、理想。トランプ氏はそれらに興味がないらしい。大統領選の最中に出版した著著「グレート・アゲイン(再び偉大に)」の中で、トランプ氏は「全ては強い軍隊から始まる。全てがだ」と、米国史上最強の軍隊をつくる意欲を示した。特に中国に対して闘争心をむき出しにしている。

 ではトランプ氏のあけすけで乱暴な言葉に真理は宿るか。今月20日(就任式)からのトランプ政治を見守るしかないが、氏が肝に銘じるべきは「侮蔑は侮蔑を招き、暴力は暴力を招く」という言葉だろう。ゴールデン・グローブ賞を受賞した女優メリル・ストリープさんのスピーチである。

 トランプ氏は一昨年の演説で、障害を持つ米紙記者のまねをして聴衆の笑いを誘った。その「演技」に心を痛めたストリープさんは「権力を持つ人物がその地位を使って他人をいじめるのなら、私たちはみな負けてしまう」と訴え、名指しは避けつつトランプ氏を厳しく批判した。

 対してトランプ氏は「まねなどしていない」とツイッターで反論したが、記録映像を見ればストリープさんの言う通りだ。トランプ氏は、イラク戦争を支持したのに「自分は反対した」と強弁したり、日韓の核武装容認した後で「そんなことは言っていない」と否定したり。映像や音声が残っているのに知らぬ存ぜぬで通すのは、この人の特徴だ。

 率直に反省すればいいものを、トランプ氏は「ハリウッドで最も買いかぶられている女優の一人」とストリープさんに毒づいた。実は彼女こそトランプ氏お気に入りの女優だったらしいが、昨年11月、大統領選の勝利演説で「私を支持しなかった人にも手を差し伸べる」と言ったことを、もう忘れたのか。

 11日の記者会見でもメディア敵視の姿勢は相変わらずだった。不安な年明けだ。(専門編集委員

 

 

喜劇王,独裁者に勝つ 大野裕之チャップリン語る

笑い命さざめく 東京新聞 2017年(平成29年)1月5日 東京夕刊

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http://digital.tokyo-np.jp/

チャールズ・チャップリン 1889年4月16日生まれ 1914年チョビひげに 

アドルフ・ヒトラー 1889年4月20生まれ 1914年チョビひげに

偶然の一致が,20世紀で最も愛された喜劇王と,最も憎まれた独裁者との対決を予言していた.

2人の誕生から51年たった40年6月23日の早朝,ヒトラーはパリに入場した.そのニュースが全世界を恐怖に陥れた翌日,チャップリンは「独裁者」のラストシーン—民主主義を訴える演説—を撮影した.

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ヒューマニズム

チャップリンの両親はともに英国ミュージック・ホールの芸人だった.

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チャップリンも,舞台で声が出なくなった母に代わり,5歳で初舞台を踏んだ.大衆娯楽のミュージック・ホールは,大英帝国イデオロギー装置と言え,愛国的な歌,人種差別的なギャグが好まれた.だが,彼の映画にその要素はない.

単純なシーンでも数十回撮り直した完璧主義者のチャップリン.最初は面白いギャグを2分ぐらい続けていても,最後には10秒に凝縮される.ストーリーやテーマに必要なギャグだけを残すストイックな姿勢.その過程で,性的なモチーフや人種差別的なギャグは慎重に除かれた.

チャップリンは「笑い」とヒューマニズムを,意識して融合させたわけではない.ただ「世界中の人を心から笑わせたい」と思っただけだ.その笑いは,取り直しを重ねて体得されたゆえに,残酷なまでの強度と冷徹な社会批評性を持ち,突き詰めると強いヒューマニズムに至る.

メディアという戦場で,イメージを巧みに使ってのし上がったヒトラーにとって,同じチョビひげのチャップリン—メディアの覇者にして世界中に愛される放浪紳士—は大いなる敵だった.

ヒトラーチャップリン攻撃が始まったのは1926年のこと.「黄金狂時代」のドイツ初上映で推薦文を書いた3人の文化人が,ユダヤ人だったという理由だ.

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米英からも圧力

ヒトラーは33年に政権を握ると,チャップリンを徹底的に排除する政策を矢継ぎ早に繰り出した.「笑い」が独裁政治を脅かす一番の武器と知っていたからだ.映画の上映はもちろん,ポストカードの販売も禁止,さらにマスコミでチャップリンを褒めてはいけないという命令まで出した.一方で「笑いを愛する気さくな総統」を演出するために,「ヒトラーを茶化すコンテスト」を開催した.独裁下では,笑いさえも統制された.

喜劇王が37年頃に,「ヒトラーを笑いものに」と「独裁者」作成に乗り出すと,ドイツだけでなく当時同盟国だった母国の英国,米国からも脅迫じみた圧力がかかった.極秘で進めた製作の資料の中に,完成版では使われなかった人間飛行機のスケッチをみつけた.後の日本軍の特攻隊を予言するようだ.「笑い」の想像力は,まだ見ぬ悲劇さえ告発していた.

「独裁者」といえば,独裁者に間違えられたユダヤ人の理髪師が,群衆に平和と民主主義を訴えるラストの演説が有名だ.当初チャップリンは,理髪師の短いメッセージを聞いて,敵味方が手を取って踊るスペクタクルを考えていた.だが理髪師は群衆だけでなく,作品を見る者に直接訴えるような結末を選んだ.映画の枠組みを超えて発せられるメッセージは,常に新しい観客を巻き込み続けている.

この演説が世界に響き渡った頃,希代の演説家ヒトラーの演説は激減していった.多い日は1日に3回もしていたが,41年を通じ大演説会はわずか7日.笑いものにされたことで,強力な武器だった「イメージ」を失ってしまったのだ.メディア上で両者の闘いは,リアルな戦場よりずっと先に始まり,ずっと先に終わっていた.

未来を託し

小さな放浪者には「笑い」という武器しかなかったのだろうか?

いや,「笑い」こそが,独裁と闘う武器だった.

チャップリンヒトラーは,メディアという戦場でイメージを武器に闘ったパイオニアだった.先の大統領選を見ても,メディア戦争は激しくなるばかりだ.誰もが世界に発信できるインターネットも,いつの間にか検索エンジンからSNSまで巨大企業の下線状態となった.ナチスユダヤ人でもない人をユダヤ人として攻撃した手法は,現代日本のネット上にも見られる.弱者や外国人をたたきのめす笑いがあふれている.現代の喜劇人は,魂に訴える笑いを生み出せているだろうか.

チャップリンは「平和主義者(pacifist)」とは名乗らず,「平和の扇動者(peacemonger)」と自称した.戦争をあおる「戦争屋(warmonger)」をもじった造語だ.現代に置き換えれば,差別や排外主義をあおるねっと右翼に対抗して,平和をあおって炎上させようぜ,ということなのだ.70年前の発言にして,なんと斬新な感覚だろう.2017年は「憎悪」ではなく「笑い」で世界を「炎上」させたい.

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「人間の魂には翼が与えられていた」という「独裁者」の演説通り,最後まで羽ばたくことを夢見ていたチャップリン.その夢は未完のまま,現代に生きる私たちに託されている.

 

大寒(だいかん) 極寒に見舞われるが,春の兆しあり