読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『六歌仙』:平安時代 和歌再興の道筋を整えた世代の象徴.でも紀貫之に酷評され,後世は歌舞伎の人気登場人物. 東京新聞大図解シリーズ(3)

新聞・雑誌・本 日々の疑問・探索 & ちょっと上から目線で

東京新聞大図解1月8日(日)は六歌仙

古今和歌集古今集)の序(仮名序)で,編者の一人の紀貫之(871年頃〜946年)が,「近ごろ有名な歌人」として挙げ,評した6人.

f:id:yachikusakusaki:20170111175010j:plain

東京新聞:平安前期の歌人たち 六歌仙 (No.1284):大図解(TOKYO Web)

六歌仙」を検索すると---.とても多くの方が興味をもっていることが分かります.その中には大学受験生のためのサイトも.古文を学ぶ初心者に必須の項目になっているんですね.古文を全く学ばなかったし,むしろ毛嫌いしていたも同然の私は知りませんでしたが.

 

東京新聞大図解は,いつものことながら,とてもきれいにまとめられています.できれば,大図解シリーズをそのままご一読することをお薦めしますが---

ここでほんの一部紹介します.新たに少し調べたことも,つけ加えながら.

f:id:yachikusakusaki:20170111175240j:plain

小倉百人一首の全首を見る|小倉百人一首殿堂 時雨殿

大友黒主 : 近き世にその名きこえたる人 六歌仙 - NAVER まとめ

 

◎六人をメチャメチャけなした論評 by  紀貫之

(仮名序の元の文章は,たとえば次の受験生用のサイトで読むことが出来ます.「古今和歌集仮名序:六歌仙(ろつかせん)」の現代語訳(口語訳) | 教科書 Finder

[]:大図解にある一般的な評,「」:紀貫之の評& 各歌人の歌は以下の通り.

1. 僧正遍昭[洒脱で軽快な歌]「歌は整っているが,真実味に欠ける.絵に描いた女性に無駄に心を動かしているようだ」

天つ風,雲のかよひ路,吹きとぢよ,をとめの姿,しばしとどめむ

(空を吹く風よ 天女たちの通る雲間野道をとざしておくれ.天女の美し姿をもうしばらく地上にとどめておきたいから)

2. 在原業平[情熱の貴公子]「心情はありあまっているが,言葉が足りない.しぼんだ花が,色はあせたのに香りだけ残っているようだ」

ちはやぶる,神代もきかず,竜田川,からくれなゐに,水くくるとは

(不思議なことの多かった神代でも聞いたことがない.竜田川に散る紅葉が水を赤く絞り染めにするとは)

3. 文屋康秀漢詩の素養もある技巧派]「言葉は巧みだが,歌の姿が内容に似つかわしくない.商人が立派な服を着ているようなものだ」

吹くからに,秋の草木の,しをるれば,むべ山風を,嵐といふらむ  

(吹くとすぐに秋の草木がしおれるので,なるほどそれで山から吹く風を「嵐」というのだろう)

4. 喜撰法師[近郊の山で静かな暮らし]「言葉がぼんやりしていて,歌の首尾が一貫していない.秋の月が夜明け前の雲に覆われたようだ」

わが庵は,都のたつみ,しかぞすむ,世をうぢ山と,人はいふなり

(私の庵は都の東南にあり,心安らかに暮らしている.それなのに,わたしが,世の中をつらいと思い宇治川に逃れ住んでいると,人々はうわさしているそうだ)

5. 小野小町[恋,夢を歌う謎多き美女]「趣はあるが,強くない.高貴な女性が,病気に苦しんでいる姿に似ている.力強くないのは女の歌だからだろう」

花の色は,うつりにけりな,いたづらに,わが身世にふる,ながめせしまに

(美しい花の色はあせてしまった.長雨が続く間に.私の容姿も衰えてしまった.むなしいもの思いにふけるうちに)

6. 大伴黒主[古き日本の素朴な味わい]「歌の姿が通俗でみすぼらしい.薪を背負っている山人が花の陰で休んでいるようなものだ」

春雨の,降るは涙か,さくら花,散るを惜しまぬ,人しなければ

(春雨が降るのは涙だろうか.桜が散るのを惜しみ悲しまないひとはいないのだから)

 

 添えた歌は,大図解にならいました.大伴黒主以外,藤原定家小倉百人一首で選ばれた歌です.大伴黒主はなぜか百人一首に取りあげられていません(このことについても沢山ウェブ上でも論じられています).

なお,仮名序にも6人それぞれに和歌が添えられているのですが,僧正遍昭の歌以外,ここに挙げてある百人一首の歌ではありません.紀貫之は定家と違う批評眼をもっていたのでしょうか?

しかし,紀貫之の口の悪さにはビックリしますね.ここまで言われたら,後に六歌仙と呼ばれたのが疑問に思われるほど.もちろん貫之さんは「歌聖」なんて言ってませんでした.単に「近ごろ有名な歌人」と.ただ,この評の前に,紀貫之柿本人麻呂山部赤人をとても褒めています.万葉以来の新たな和歌の時代を引っ張る心意気なのでしょうか.

f:id:yachikusakusaki:20170111175612j:plain

C0046036 六歌仙図 - 東京国立博物館 画像検索

 

小野小町は粋なモテモテ娘?⇄僧正遍昭文屋康秀

後撰集

小町 "寒いから僧衣を貸して"「岩の上に,旅寝をすれば,いと寒し,苔の衣を,我に貸さなむ」

遍昭 "一つしかないから,いっしょに寝ようか?"「世をそむく,苔の衣は,ただ一重,貸さねば疎し,いざ二人寝む」

古今集

康秀 "三河に赴任するけど,いっしょに行かない?"

小町 "誘ってくれる人がいるなら,浮き草のような紙を裁ち切ってついていこうと思うのですが" 「わびぬれば,身を浮き草の,根を絶えて,誘ふ水あれば,いなむとぞ思ふ」

(実際には小町は行っていないとのこと.戯れ言のようです)

 

和歌の上だけですが,かなり親密な交流のように---. いずれにしても,小野小町は戯れ言も上手な粋なモテモテ娘ですね.和歌って高尚なものかと思っていましたが,かなり世俗的.ヨーロッパのオペラがそうであるように.

そして,このことが関係しているのかいないのか,江戸時代の歌舞伎の人気演目でこの6人が取りあげられ,今も公演されていること.和歌を仲立ちにすると,江戸庶民の文化的成熟度はかなり高くみえますが,六歌仙の和歌自体に江戸の「粋」につながるものがあるのかもしれませんね.

 

◎歌舞伎の演目

以下の二つが代表的な演目のようです.今でもしばしば公演にかけられています.

六歌仙容彩 ロッカセンスガタノイロドリ

六歌仙容彩 | 歌舞伎演目案内 - Kabuki Plays Guide -

平安期の和歌の名人として知られる「六歌仙僧正遍照文屋康秀在原業平喜撰法師大伴黒主小野小町)」を題材とした五変化の舞踊で、今日では「遍照」は長唄・竹本、「文屋」は清元、「業平」は長唄、「喜撰」は清元・長唄、「黒主」は長唄で上演される。「文屋」「喜撰」は独立して上演されることも多い。
五人の男たちがそれぞれ美女として名高い小町に言い寄るが、結局誰の恋も実らないというストーリーとなっている。ただし「喜撰」は世話の場面なので小町は登場せず、茶汲み女のお梶を小町と見立てている。
年輩の高僧(遍照)、軽妙さをもった公家(文屋)、絶世の美男子(業平)、洒脱な僧(喜撰)、国崩しの大悪人(黒主)を踊り分けるため、かなりの難曲とされる。全曲上演する場合でも、曲ごとに踊り手が変わることも多い。

f:id:yachikusakusaki:20170111175937j:plain

積恋雪関扉 ツモルコイユキノセキノト

積恋雪関扉 | 歌舞伎演目案内 - Kabuki Plays Guide -

「関の扉(せきのと)」の通称で知られる常磐津舞踊の大曲。もとは『重重人重小町桜(じゅうにひとえこまちざくら)』という顔見世狂言の大詰の所作事として上演されたものだが、現在はここだけ独立した形になっている。当時顔見世狂言の主人公はかならず謀反人であること、大詰の所作事には樹木や鳥獣の精が登場することなどが決まりごとだった。今も人気高いこの作品で、顔見世のクライマックスのふんいきを味わうことができる。

登場する良峯少将宗貞は、出家する前の僧正遍照のこと。関守関兵衛は実は大伴黒主で、小野小町もあわせ六歌仙のうち3人が登場することから、『六歌仙容彩』とも強い関係がある。前半の小町姫と、後半の墨染実は小町桜の精は同じ俳優が演じることが多い。

f:id:yachikusakusaki:20170111180229j:plain

 

◎和歌再考の道筋整えた世代の象徴 

  京都産業大日本文化研究所所長 小林一彦

------

遍昭・業平・小町は作品の数も多いのですが,康秀・喜撰・黒主は,歌もほとんど伝わらず,喜撰にいたってはすでに伝説上の人物だったのか,貫之も「よく知らず」と書いているほどです.それでも選ばれた理由は,前代から評価が定まっていたせいでしょうか.遠慮のない評言は,そのせいかもしれません.

万葉集』の後,漢詩文が隆盛を迎えます.和歌は衰退し,宮廷など公的な場を離れ,私的な機会にひっそりと詠み継がれていました.再び宮廷文学として確かな位置を回復するのは『古今和歌集』からです.

f:id:yachikusakusaki:20170111180615j:plain

東京新聞:平安前期の歌人たち 六歌仙 (No.1284):大図解(TOKYO Web)

和歌が復活した背景には,ひらがなの成立が大きく影響したと考えられます.歌人たちは,ひらがなの文字列に,たとえば「松」と「待つ」など同音異義語を駆使し,自然の風景描写に人の行動や心情を重ねる技法,掛詞(かけことば)を発見したのです.小町の「わが身世にふる(降る/古る・経る)ながめ(長雨/眺め[もの思い]せしまに」や,喜撰の「世を憂し」から「宇治山」へと続ける評言がこれにあたります.黒主の「春雨の降るは涙か」の見立てとともに『古今和歌集』をささえた詩的技法の柱でした.六歌仙の活躍を経て,次の貫之らの時代がきりひらかれたといってもよいでしょう.

六歌仙は和歌再興の道筋を整えた世代の,象徴でもあったのです.