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来年は酉年 でも目覚まし時計を持たないニワトリがどうやって時を告げるのでしょうか⇒体内時計&オスの序列! コケコッコーの秘密 吉村崇 世界と日本大図説1280 東京新聞

来年は酉年です.

「ニワトリは大昔から人間に有用な動物として,世界中で飼われてきました.干支動物であるニワトリについて改めて実をむけてみませんか」と,東京新聞2016年(平成28年)12月4日の世界と日本大図解シリーズでは,ニワトリ特集を組んでいました.

東京新聞:大図解(TOKYO Web)

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ほとんど知らない情報ばかり.例えば

・ニワトリは国内に人口より多い3億羽

1.7億羽は卵用(白色レグホン等)1.3億羽はブロイラー用(白色コーニッシュ等), (兼用のロード・アイランド・レッドは赤卵を産む)

 他に観賞用(オナガドリ等),闘鶏用(シャモ),愛玩用(チャボ)

 鳴き声鑑賞用も! 東天紅・声良・蜀鶏

・ニワトリの語源はおそらく「にわつとり」(庭の鳥)

・オスの鳴き声は縄張り主張とメスへのアピール(メスもコッコッコッ位は声を出すものの,「コケコッコー」と大きく鳴くのはオス)  等々

そして,「目覚まし時計を持たないニワトリがどうやって時を告げるか?」については,名古屋大学の吉村崇先生が寄稿しておられました.とても面白かったので,全文引用します.

ニワトリは生来の時告げ鳥だった,というお話です.

 

コケコッコーの秘密 吉村崇

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「コケコッコー」は英語では「クックドゥードゥルドゥー」,フランス語では「ココリコ」などと親しまれています.コケコッコーは人の言語学習とは異なり,生まれつき耳が聞こえなくても,自然に鳴けるようになるため,習わなくても遺伝的に獲得できる先天的発声です.

コケコッコーはインダス文明の時代から洋の東西を問わず,時を告げる象徴として知られていますが,目覚まし時計を持たないニワトリがどうやって時を告げるかは謎でした.私たちはおんどりを外部の音や光が入らない部屋に入れて,十二時間点灯,残りの十二時間を薄暗がりの照明条件にして観察しました.すると,規則通り正しい生活を送っている人が目覚まし時計の鳴る前に目覚めるように,毎日点灯する二時間ほど前に鳴き始めることがわかりました.つまり,空が白んだことを合図に鳴くわけではなく,自分の体内時計で朝を察知して鳴いたのです.

数羽のおんどりをまとめて一つの部屋に入れてやると,最初全羽でつつき合いをして,集団の中で「つつきあい順位」が完成します.ニワトリは仲間の間で優劣関係を明確にすることで,以後余計な争いを避けて集団に秩序をもたらしているのです.一度つつきの順位が決まると,最上位の個体は生活のさまざまな局面において優先権をもちます.コケコッコーという発声には縄張りを主張する意味がありますが,四羽のおんどりの行動を観察したところ,どの個体が最初に目覚めたとしても,必ず最上位の個体が最初に鳴き,つつきの順位に習って行儀良く順番に鳴いたのです.つまり,おんどりたちは社会性を持っていて,集団生活を送っているときは,毎朝各自の体内時計によって目覚めたとしても,自分の鳴く順番が回ってくるのを待ち構えて時を告げていることがわかりました.

名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所教授)

この内容の科学論文に興味ある方は次の論文で.Scientific Reportsはweb上で読むことが出来ます.

Scientific Reports 5, Article number: 11683 (2015)

Curr. Biol. 23, 231–233 (2013)

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なるほど畜産情報 : ニワトリの時の声

ニワトリの祖先といわれているのはセキショクヤケイ(赤色野鶏)という野生の鶏.羽の色・鳴き声・習性などが、ニワトリとよく似ているとのこと.

 

 日本でもニワトリは古くから飼育され,特に時告げ鳥として大切にされていたようです.

弥生時代の遺跡には,ニワトリの木像・土像と骨が出土し,古墳時代には埴輪が沢山出土しています.

ところが,弥生遺跡でみつかるニワトリの骨の量は予想外に少ないとのこと.卵を食べる事が主,もしくは時を告げる鳥として大切に飼育され,あまり食用にされなかったのかも知れません(弥生時代の動物質食料 西本豊弘 国立歴史民俗博物館研究報告 第70集 p255-,1997).

埴輪の造形からも「時を告げる鳥として大切に飼育された」ことがわかるようです.

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国立博物館の「鶏形埴輪」の解説東京国立博物館 - 1089動物埴輪では

「鶏形埴輪は餌を探しついばむ『昼間』の姿ではなく、『夜間』の生態を写した造形といえそうです」

「これらの特徴から、鶏形埴輪は奈良時代の『記紀』に登場する「常世長鳴鳥(とこよのながなきどり)」の性格と大変よく似ているという説が有力です。
日本書紀』神代上第七段本文
「[前略] (天照(アマテラス)大神が)発愠(イカリ)まして、乃(スナハ)ち天石洞(アマイハヤ)に入りまして、磐戸(イハト)を閉(サ)して幽(コモ)り居(マ)しぬ。故、六合(クニ)の内常闇(トコヤミ)にして、昼夜の相代(アヒカハルワキ)も知らず。[中略] 時に、八十万神(ヤオロズノカミタチ)、天安河邊に会ひて、[中略] 遂に常世の長鳴鳥を聚(アツ)めて、互いに長鳴きせしむ。[後略] 」
天照大神が弟神の須佐之男(スサノヲ)命の暴虐ぶりに機嫌を損ね、天岩屋戸に隠れてしまってこの世が闇夜となった有名な一節で、困り切った八百万神が集まり知恵を絞って常世長鳴鳥を集めたり、さまざまな祭祀を行った結果、高天原(タカマガハラ=天)と葦原中国(アシハラナカツクニ=地上)に光と秩序が戻った、という日本神話のハイライトシーンの一つです。
ここに太陽を出現させる存在として、常世長鳴鳥(鶏)が登場しています。もちろん神話的な表現ですが、当時の人々にとって太陽の復活と信じられた朝日は、鶏が鳴いて初めて登ると考えられていたことが窺えます。
おそらく、人々は夜明け前に鳴く雄鶏の不思議な能力に畏敬の念を抱き、鶏は太陽神(日神)信仰を支えた時告(ときつげ)鳥として重要視されたことでしょう。
一方、「時の管理」はいつの世でも人々を支配する者の特権です。飛鳥時代の朝廷でも、660(斉明6)年に都城の建設に先駆けて漏刻(ろうこく=時計)が製作され、平安時代に至るまで朝廷が人々に時を知らせたと記録されています。
鶏形埴輪は首長の祭祀権と支配権の象徴として、いち早く形象埴輪群の中心として製作されたようです」