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子どもの頃拾ったドングリは何の木の実? 白橿(白樫)・橿(樫)/万葉集 あしひきの,やまぢも しらず,しらかしの,えだも とををに,ゆきに ふれれば 柿本人麻呂歌集

ドングリコロコロの歌はほとんど誰もが知っている曲.

今でもドングリは子供たちに人気.ジブリショップの名前もたしかドングリ共和国.

大人だって結構好きですよね?ドングリを拾って遊んだ思い出は多くの方がお持ちなのでは?

(改めて遊んでみたい方へ:遊び方.食べ方は科学実験検索│科学実験データベース│公益財団法人日本科学協会に載っていますよ)

 

私が子どもの頃拾ったドングリの実.何の木の実かなどは一度も考えたことがありませんでした.その後もずっとドングリはドングリ.何年か前,ドングリの標本をもらうまで.

標本を置いて,「さて,私の拾ったドングリは?」

「多分これ,コナラ.丸いのも覚えているけどあれはおそらくクヌギ.一カ所にだけあった長くて結構大きいものは---」

もしかしたらマテバシイ?だとしたら残念なことをしました.生でも美味しいとのこと!

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どんぐりの種類 ちいさな森のドングリ屋さん

そして,ドングリにはカシの実も含まれるんですね.

カシ(樫/橿)の木は知っていましたが,その実の思い出がありません.見ていたはず.大きくて,しかも常緑樹だったせいで木になっているのは気がつかなかった?落ちているのは,いつものドングリ(=コナラ)って思っていた?多分その両方ですね.

そしてそして,今まで,カシの木に種類があることも知りませんでした.ブナ科の常緑高木の総称がカシ,とのこと.(属は基本はコナラ属ですが他の属でもカシの名がつけられているようです)

「ブナ科.庭木としてよく用いられるのは、やや大きくなるシラカシとアラカシ、比較的小型のウバメガシがあります。他にもアカガシ、ウラジロガシ、イチイガシなどがありますが上記3種ほど一般的ではありません」カシの仲間(常緑) 新・花と緑の詳しい図鑑

近所でみかけるのは多分シラカシ;関東に多いとのこと.

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 山田卓三先生の「万葉植物つれづれ(大悠社)」によると

シラカシにはクロカシの別名があります.シラカシは材が白いためにつけられ,クロカシは幹が黒いためにつけられた名前です」「アカガシも材の色からつけられた名前」

「カシは『堅し』からきています.材も硬いが見た感じも華やかさではなく,質実,堅実,剛健などの語がふさわしい木です」

「万葉の舞台となっている関西ではアラカシが多く,単にカシといえばこれを指します」

 

白橿・橿/万葉集

あしひきの,やまぢも しらず,しらかしの,えだも とををに,ゆきに ふれれば

あしひきの,山道(ぢ)も知らず,白橿(しらかし)の,枝もとををに,雪の降れれば   柿本人麻呂歌集 万葉集(巻10-2315)

あしひきの,山道も知らず,白橿の,枝もとををに,雪の降れれば

 

◎白橿の樹の枝が,ぶらぶらになるまでに,雪が降っているので,山路も分からなくなってしもうた.

(これは,人麻呂歌集に出て居るが,又一説に三方沙彌(みかたのさみ)の歌とも伝えて居る) (折口信夫 口語万葉集

◎これも人麿集出で,「山道も知らず」は道も見えなくなるまで盛んに雪の降る光景だが,近くにある白橿の樹の枝の撓む(たわむ)まで降るのを見ている方が,もっと直接だから,そういう具合にひどく雪が降ったというのを原因のようにして,それで山道も見えなくなったと言いあらわしている.

この一首は或本には三方沙弥の作になっているという左注がある.

斎藤茂吉 万葉秀歌)

◎どこが山道なのかも分かりません。白橿(しらかし)の枝もたわわになるほどに雪(ゆき)が降っているので。(楽しい万葉集

 

きのくにの,やま こえていけ,わが せこが,いたたせりけむ,いつかしが もと

紀の国の,山越えて 行け,吾が背子(せこ)が,い立たせりけむ.厳橿(いつかし)が もと 額田王 万葉集(巻1-9)

莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 い立たせりけむ厳橿がもと

 

◎紀の国の温泉に行幸(斉明)の時,額田王の詠んだうたである.原文上半「莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣」の訓がむずかしいため,種々の訓があって一定しない.契沖が「此の歌の書きよう難儀にて心得がたし」と歎じたほどで,このままでは訓は殆ど不可能だと謂っていい.そこで評釈する時に,一首として味わうことが出来ないから回避するのであるが,私は下半の,「我が背子がい立たたせりけむ厳橿(いつかし)が本」に執着があるので,此の歌を選んで仮りに馬淵の訓に従って置いた.----

厳橿(いつかし)は厳かな橿の樹で神のいます橿の森をいったものであろう.その樹の下に嘗て(かって)私の恋しいお方が立っておいでになった,という追憶であろう.或いは相手に送った歌なら,「あなたが嘗てお立ちなされたとうかがいましたその橿の樹の下に居ります」という意になるだろう.この句は厳かな気持ちを起させるもので,単に句として抽出するなら万葉集中第一流の句として謂っていい.----

馬淵訓の「紀ノ國の山越えて行け」は,調子が弱いのが残念である.----馬淵訓に従うと,-----紀ノ國の山を越えて旅していきますと,あなたが嘗てお立ちになったと聞いた神の森のところを,わたしも丁度通過して懐かしく思うております,というぐらいの意になる.(斎藤茂吉 万葉秀歌)

 

小雪(しょうせつ) 冬も進み,北国より雪の便りが聞かれる