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ナチ政権下での障害者殺害:動機は医師や学者からの要請 /「ヒトラーのおかげで30年間私たちが夢見てきた優生思想が実現された」ドイツ精神医学研究所エルンスト・リューディン 相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映より[4]

NHKドキュメンタリー - ETV特集 アンコール▽ホロコーストのリハーサル~障害者虐殺70年目の真実 より[4]

2016年10月1日(土) 午前0時00分(60分)   再放送 

 

障害者殺害の動機は医師や学者からの要請

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ナチス政権最初のガス室は,ユダヤ人を殺すためのものではありませんでした.

ホロコーストが始まる数年前から,こうした精神病院(ハダマー精神病院の映像)にガス室がつくられ,回復の見込みがないとされた病人や障害者が殺されていたのです.

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彼らは生きる価値がないとされ,殺害には多くの医療者が関わっていました.

ドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)の2010年総会における謝罪表明pdf  )

ハンス=ヴァルター・シュムール教授「これまで学会は数十年にわたり起きたことを遺憾としながらも,自分達は関係がないと言い続けてきました.しかし,患者殺害の動機は政治側からの要請ではなく,医師や学者からのものだったのです」

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なぜ,命を救うはずの医師たちが,殺害を実行してしまったのでしょうか.

 

参照 シリーズ戦後70年 障害者と戦争番組まるごとテキスト - NHKハートネット

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ヒトラーが政権を取る70年以上も前に出版された,ダーウィン種の起源.強いものが生き残り,弱いものが消えていくという「自然界の摂理」を説いたものでした.

「これを人間にも当てはめ,劣等な人間は淘汰される」としたのが社会ダーウィニズムでした.

こうした思想は,優秀な遺伝的素質を持つ人間だけを残していこうとする「優生学」と結びつき,世界中に広がります.20世紀ドイツで優生学の研究を進めたのは精神医学会のトップだったエルンスト・リューディン.

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この頃,精神医学の分野では,新しい治療法が開発され治る患者も出始めていました.医師たちは,もっと治したいと思えば思うほど,あるジレンマに陥っていきました.

ハンス=ヴァルター・シュムール教授「医師たちは,これまで治らないと思っていた病気が,治るようになってきたという幸福感に包まれていました.ただし,同時に精神病院は大変な状況でした.根本的になんの治療もできない患者であふれていました.そういう患者はジャマになっていったんです」

1917年に設立されたドイツ精神医学研究所.

リューディンらは,ここでドイツ人全員の家系図を調べ,一人ひとりの遺伝的価値を明らかにしようとしました.遺伝的価値が低い人を,増やさないようにコントロールしたいと考えたのです.

そうした中,ある精神科医と法律家が一冊の本を出版します.「『生きるに値しない』命を終わらせる行為の解禁」(1920)

この中では,「生きるに値しない」障害者などを生かしてきたのは行き過ぎの行為であった.彼らの排除すなわち殺害は決して犯罪ではない.むしろ社会にとって有益なのだ,と結論づけました.

 ハンス=ヴァルター・シュムール教授「ある種の理想主義でした.社会をうまく操作すれば健康な社会が作れるという『幻想』です.国民全体を健康にするために,患者は殺しても良いという考えが浸透していったのです」

 

こうした思想に目をつけたのが,ヒトラーでした.

政権を取る7年前,著書「わが闘争」にこのような言葉を残しています.

「わが闘争」の記述

「肉体的にも精神的にも不健康で無価値な者は,子孫の体にその苦悩を引き継がせてはならない.

国家は幾千年も先まで見据えた保護者としてふるまわなければならず,個人の願いや我欲などは何でもないものとしてあきらめるべきである」

 

 1933年1月ヒトラーはついに念願の政権を取ります.

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政権を掌握するとヒトラー率いるナチス党は,ユダヤ人焦点のボイコット運動を行うなど,ユダヤ人排除を堂々と行います.

同時に,遺伝病や障害者をなくすことを目的とした法律も整備します.遺伝病の子孫の出生を予防する法律,通称「断種法」です.当時は,遺伝すると思われていた知的障害者精神障害者などは,次の世代の配慮として,子供が出来ないよう手術を受けなければならないとされました.

断種法をスムーズに施行するために,手引き書も用意されました.

これを書いたのは,あのドイツ精神医学研究所のリューディンでした.ある集まりで話した彼の言葉が残っています.

ヒトラーのおかげで30年間私たちが夢見てきた優生思想が実現された」(ドイツ民族衛生学会)

 

健康な国民をつくるための強制的な断種,その該当者たちはどのような扱いを受けたのか.藤井さんはミュンヘンを訪ねました.

戦後多くの断種被害者たちを支援してきた弁護士のヘルベルト・デムメルさんです.デムメルさんも視覚に障害があります.「例えば,まだ幼い12歳の女の子が強制断種手術を受けさせられたり,妊娠をしている視覚障害の女性が中絶させられ,その後断種させられたりしました.警察に連行され,強制的に手術を受けさせられる悲劇的な例がたくさんありました」

ただ一つ断種から逃れる方法があったといいます.

デムメルさんが案内してくれたのは長い歴史を持つ視覚障害者のための施設でした.

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当時ここで暮らしていたペーターさんの記録です.

これが,最初に健康裁判所から送られてきた通知です.彼は遺伝病と判定されました.「この人は遺伝的に健康でないので,施設の外に出ないか断種を受けなければならない」裁判所からの通知に対する本人の返事は,手術は受けず外には出ないというものでした.しかし,後から考えを変え,断種手術を受けたのです.生殖能力をあきらめるか,家族と会うことをあきらめるか,ペーターさんは結局半年後に手術を受けました.ペーターさん同様強制断種手術を受けさせられた人は,ドイツ全土で40万にも上りました.

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ヒトラー「国民のために国民を守るために一体となって闘おう」

強い民族をつくりドイツの復国を図る,ヒトラーはそのため軍備の拡張をすすめました.同時にアウトバーン建設など大々的な公共事業など失業者を雇用,経済の復興をアピール国民の支持を集めます.

1936年にはベルリンオリンピックを開催,ドイツ民族の優秀さを国内外に誇示する絶好の機会として利用しました

 

一方,福祉や社会保障にかかる費用は大幅に削減,障害者は生きているだけで金ばかりかかる価値のない存在だ,と国民にすり込んでいきます.

これはナチスが教育用に作ったポスターです.

遺伝病疾患にかかる国の負担 > 国・州・自治体の財政

遺伝性とされた障害者を支えるのにどれだけに費用がかかり国民の負担になっているかを訴えています.

更に全国にある5300全ての映画館でもプロパガンダ映画を上映しました.

「健康な国民同胞を健全にするための資金が,白痴者を扶養するために使われている.施設にそのようなものがうようよいる.この遺伝疾患のある兄弟の世話と施設の費用に,これまで154000マルクかかった.どれほど多くの数の健康な人々が,この費用で家を買えるだろうか」

 

そしてついに障害者の殺害計画が動き出します.第二次世界大戦勃発の前の年,

ヒトラーの側近は全国の権威ある精神科医たちを招集,殺害の対象とすべき人はだれか,苦しませずに殺す方法は何かなど,話し合いを重ねました.

1939年9月1日ドイツ軍はポーランドに侵攻し,第二次世界大戦が始まります.

その混乱に乗じて,ある命令書にサインします.

側近に宛てた極秘命令書

「病気の状態が深刻で,治癒できない患者を安楽死させる権限を与える」

日付はあえて戦争開始日の9月1日としました.

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実行本部がティーアガルテン通り4番地に置かれると,T4作戦と呼ばれるようになります.

 

まず殺害の対象者を選ぶため,全国の病院や施設に患者一人ひとりについての調査票が送られました.

病名症状を聞くほか,退院の見込みはあるか,労働者として使えるか,等の質問もありました.

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この結果をもとに,本部の医師たちが生きる価値があるかを判断し,殺しても良いと思った場合は,判定欄にプラスマークを書き込みました.

統合失調症だったこの女性の場合,四人の鑑定人全員が殺してよいと判断しています.殺害には,人目につきにくい辺鄙な場所にある病院や施設などが選ばれました.その一つが,あのパーキンソン病だったマーティン・バーデルさん(パーキンソン病の父を殺されたバーデルさんのケース 「相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映」より[3] が殺された,南ドイツのグラーフェネックでした.各地の病院や施設にいた,精神障害者知的障害者,回復の見込みがないとされた患者などは連日バスに乗せられ,運ばれていました.計画は極秘に進められました.バスの窓は塗りつぶされたり,カーテンが掛けられたりしていました.マーティンさんたち患者は,バスで到着したその日にガス室に連れて行かれ,殺されたと考えられています.

殺害施設では医師の他看護師,運転手,遺体を焼却する人など,多いときには100人近くが働いていました.事前に仕事の説明を受け,ここに来た人たちでした.

ハンス=ヴァルター・シュムール教授「当時精神病院で働いていた看護師や介護士は,無条件で医師の指示に従う時代でした.また,彼らは何年もかけてプロパガンダの連続射撃を受けていました.殺すべき患者は他の人より価値が低い人間だ,と教え込まれてきたのです.それで自己を正当化できたため,より気楽に関与できたのではないかと思われます.

グラーフェネックで働いていた,ある看護師の戦後の証言です.-----

エマ・ベリー.看護師になって12年目,31歳になったときにベルリンで緊急業務命令を受けました.その際こんな説明を受けたといいます.

「治療不可能な精神病患者が国や国民家族の負担になっているため,法律がつくられた.いわゆる安楽死計画によって精神病患者に''恵みの死''を施し,命を終えてもらうことになった.我々はそのために選ばれ,法律及び計画を実現させる義務があるのだ」と.

施設から離れた空き地にガス室がつくられていました.エマの仕事はバスで到着した患者を受付まで連れて行くことでした.

「病人たちは,到着後私たちによって服を脱がされ,医師のもとに連れて行かれた.そのとき医師が何を話したのか私には分からない.私たちは権限のないただの助手だった」

患者たちは医師の診断の後,シャワーを浴びると伝えられ,ガス室に連れて行かれました.ガス栓を開けたのは医師たちでした.「最終的医学措置」と呼んでいました.

供述の最後にエマはこう述べています.

「もう一度次のことを述べさせていただく.私は生涯悪いことを一度もしたことがない.私は常に勤勉で,特に患者に対してとても良心的だったので,患者にも人気があり,上司の評価もよかった.そのような法律が本当にあると私は信じたのです」

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そして,もう一つの驚くべき事実が明らかになりました.

米軍がハダマーの施設を差し押さえたときの映像です.

音声字幕

「米軍の将校たちが差し押さえたナチスの施設に到着しました.ここでは精神科施設を装って,大規模な殺害が行われていました

ハダマーでは,T4作戦中止命令フォン・ガーレン司教の説教 相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映より[ 2 ]後も薬の過剰投与,計画的餓死などの形で,殺害が続いていたのです.

音声字幕「施設の責任者たちの尋問です.背の高い方が施設の責任者だった医師.もう一人が主任看護師.彼は,患者にモルヒネを過剰投与して殺害したことを認めています

戦場でトラウマを持った兵士,ユダヤ人との間に生まれた子供なども殺されていました.殺害の対象者は障害者だけではなく,大きく広がっていたのです.

T4中止命令後も「野生化した殺害」といわれるこの行為.ハダマーだけではなく,各地で行われていました.最終的に犠牲者は全国で20万以上にのぼっていました.

ハンス=ヴァルター・シュムール教授

「医師たちはT4作戦の最中に中止にあい,不満を感じていました.どうすれば人目を引かずに,また,政治に振り回されずにやり続けられるか,悲劇的にもその体制は既にできあがっていました.もはや組織のコントロールがなくても,排水溝に人が流れていくような状態でした」

 

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障害者たちの断種から始まりだれも止めることなくエスカレートしていった虐殺の歴史.70年以上の時を経て,今,私たちに何を問いかけているのでしょうか?

ハンス=ヴァルター・シュムール教授

命の価値を尊重しなくなると人を殺せてしまう.これは過去の歴史ではなく,現在にもつながっています.私たちは人間を改良しようとすべきではありません.社会の中に病,障害,苦悩,死が存在することを受け入れる,こういった意見が少なすぎます.命に関する問題に直面したとき,他人の価値観に振り回されていないか,それがもたらす結果まで想像できているかと自分に問う必要があるでしょう」

 

誰も止めることなくエスカレートした虐殺・家族によっても黙殺された殺害:「でも私にとって本当に悲しいのは,叔母の死ではなく,家族がずっと沈黙を続けてきたことなんです」 相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映より[ 5 ]

パーキンソン病の父を殺されたバーデルさんのケース 「相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映」より[3]

フォン・ガーレン司教の説教 相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月 NHKETV特集 アンコール放映より[ 2 ]

相模原市で起きた障害者施設殺傷事件からおよそ2ヶ月--- NHK ETV 特集では,去年(初回2015年秋),ナチスドイツによる障害者虐殺を振り返り,現代に何を問いかけているのか考えました.改めて放送します.アンコール放送より[ 1 ]